『織物の文明史 (原題)The fabric of civilization』ヴァージニア・ポストレル著(青土社)
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0『織物の文明史』
- 著者
- ヴァージニア・ポストレル [著]/ワゴナー理恵子 [訳]
- 出版社
- 青土社
- ジャンル
- 歴史・地理/歴史総記
- ISBN
- 9784791775224
- 発売日
- 2022/12/06
- 価格
- 3,520円(税込)
書籍情報:openBD
『織物の文明史 (原題)The fabric of civilization』ヴァージニア・ポストレル著(青土社)
[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)
金融、化学・・・発展支えた布
私たちは普段何気なく衣服を着ており、その価値を実感することは少ない。しかし古代の日本では布を税として納めていた(庸、調)。また日本の近代化に生糸輸出や紡績業の発展が貢献したことはよく知られているし、繊維産業から化学繊維に進出して総合化学メーカーになった企業も多い。本書は現代ではありふれた存在である織物(繊維製品)が人類の文明に与えた大きな影響を描いている。
人類はより良い繊維を求めて数千年かけて羊、木綿、蚕の品種改良を重ねてきた。繊維から糸を作るのは大変であり(ズボン一本分の糸を作る際に手作業なら一人で二週間から一か月かかる)、だからこそ安く大量に糸を作れる紡績機の発明が産業革命を引き起こすことになる。糸を布にして染色する過程も同様に多くの手間と時間がかかった。それゆえ布は富や権力の象徴となり、高価でかつ持ち運びやすいために各地で通貨としても広く使われ、金融制度の発達を促していく。
また、一次元の糸を二次元の布に織るためには経(たて)糸と緯(よこ)糸を組み合わせる三次元の思考過程が必要であり、人類は布を織ることによって数学的思考を身に着けた。そして蚕の病気の原因を突き止めるための研究が微生物学や公衆衛生学へと発展し、人工染料の開発は化学産業を生み出し、パンチカードを使って決められたデザインの布を織っていく織機はコンピュータの原型となり、近代以降の社会を大きく変えていくこととなった。
織物の発達による負の側面(奴隷制や環境破壊など)の記述は本書ではやや薄いが、IT産業と比べて一見地味に見える繊維産業においても現在様々な技術革新が行われており、新技術を導入して環境問題などを解決していこうとする多くの取り組みがされていることも紹介されている。夏や冬用のインナーウェアの近年の急速な進歩のように派手さは無いが重要な技術革新を考えると、社会を変えるイノベーションは、文明を文字通り織り上げてきた織物のような、身近でかつ人間に不可欠なものから生まれるのかもしれない。ワゴナー理恵子訳。