『港町巡礼 海洋国家日本の近代』稲吉晃著(吉田書店)

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港町巡礼

『港町巡礼』

著者
稲吉 晃 [著]
出版社
吉田書店
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784910590073
発売日
2022/10/28
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

『港町巡礼 海洋国家日本の近代』稲吉晃著(吉田書店)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)

近代国家へ 15港の役割

 古来、港は水上交通の要として人や物が集まり、そこに都市的な場が形づくられた。江戸時代には、江戸や大坂に米などを運ぶための航路が開かれ、港町は各地域の拠点として賑(にぎ)わった。そして江戸末期、西洋諸国とのあいだで通商条約が結ばれると、貿易の拠点として、また、外交の場として、港はよりいっそう重要な場所となって機能してゆくことになる。

 本書は、近世から近代へ、分権的な幕藩体制から、中央集権的な近代国家へと大きく様変わりする日本のなかで、これら港町に注目する。「港町」というプリズムを通すことにより、近代化へと突き進む日本のなかで、それぞれの地域が直面した課題を多面的に浮きあがらせた。

 15の港町が取りあげられているが(台湾の基隆も含む)、たとえば箱館・横浜からは国家間の外交、不平等条約解消に向けての諸外国との交渉の様子が描かれ、広島や舞鶴からは軍隊と港町の関係に考察がおよぶ。舞鶴に近い宮津では、地域振興のため有力議員や議会への働きかけに注目し、特別輸出港制度の存在が紹介されている。神戸は移民が出ていく町であり、日本の移民が外交問題のなかでどのように扱われるかが論じられている。下関は遠洋漁業や捕鯨の問題が、湘南(江の島)はレジャーを目的とする近郊開発の問題が浮き彫りにされる。

 「一九世紀半ばから二〇世紀の半ばにかけて、港町を中継地点として、多くの人々が国家の内外を移動していた」とし、この時期を「港町の時代」と呼ぶ。その意味で本書の「港町」は歴史的存在といえよう。そこに注目して政治史を掴(つか)もうとした視点の鮮やかさはもちろんのことながら、収録されている港町の写真が目を愉(たの)しませる。著者が撮影した現在の姿と、本書で論じられた時代の絵葉書であり、いかに港町がフォトジェニックな場所であるかが伝わってきた。神戸の波止場に佇(たたず)み海を眺める人びとの背中を捉えたカバー写真には、言い知れぬ詩情が漂う。

読売新聞
2023年3月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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