地方出身の表現者たちに見る東京の磁場
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「引越し」です
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3月は上京の季節。私が就職のために上京したのもこの時期だった。引越しの日は季節外れの大雪で、かじかむ手で荷物を開けていたら、隣室の女性が紅茶をいれて持って来てくれた。東京で受けた最初の親切だ。そのときのティーカップの模様を今でも覚えている。
地方出身者にとって上京は人生の一大イベントであり分岐点だ。岡崎武志『ここが私の東京』は、上京をテーマに、11人の表現者の人生の断面を描いている。
登場するのは、佐藤泰志、庄野潤三、開高健、藤子不二雄(A)、友部正人など、作家もいれば、漫画家やミュージシャンもいる。
古本と古本屋について造詣が深いことで知られる著者は、本と文学をめぐる街歩きの達人でもある。一口に東京と言っても広く、それぞれの土地の来歴もさまざま。本書から見えてくるのは分かちがたく結びついた人と街とのかかわりだ。
佐藤泰志と国分寺、出久根達郎と月島、司修と赤羽、友部正人と阿佐ヶ谷、富岡多惠子と新宿……。人を引き寄せ、あるいは拒み、生かしも殺しもする東京。繰り返し読み、徹底して歩いた人でなければ掴むことのできない土地の磁場のようなものが、さらりとした筆致で描き出される。
本書には、1990年に上京したという著者自身の話もあって、これがとても面白い。東京の現代史の一部を垣間見る思いがする――というと大げさに聞こえるかもしれないが、歴史を形づくるのは、こうした個人の人生の細部なのだ。