『よむうつわ 下』
- 著者
- ロバート キャンベル [著]
- 出版社
- 淡交社
- ジャンル
- 芸術・生活/諸芸・娯楽
- ISBN
- 9784473045140
- 発売日
- 2022/12/09
- 価格
- 4,180円(税込)
書籍情報:openBD
『よむうつわ 茶の湯の名品から手ほどく日本の文化 上・下』ロバートキャンベル著(淡交社)
[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)
鋭い観察眼 伝わる感触
ただでさえ「じかに見て、触れる」ことへのハードルが上がっている昨今、茶の湯の名品に触れる経験など、普通はなかなかできない。本書の中で著者はある意味、私たち読者の代表として五十以上の作品に対面しているわけだが、読んだ人はみな、その役目を果たすのに著者ほどの適任者はいないと認めるはずだ。
著者はこの名品巡りを引き受けるにあたって、作品をじかに手に取らせてもらうことと、一度は必ず自然光のもとで見せてもらうことを希望したという。そのおかげで本書では、窓から入る淡い光の中で浮かび上がる陶器の色合いや、蒔絵(まきえ)の凹凸などをじっくり眺めることができる。そして何より、作品に触れる著者の手の美しいこと! 器を柔らかく包む手のひらを見ていると、自分の手ではないのに、器の表面のひんやりとした感触が伝わってくるかのようだ。
写真を眺めた後で著者と専門家との対談を読むと、彼らの鋭い観察眼と深い知識によって作品の新たな側面に目を開かれる。著者がその表面から「ブルーチーズが熟成している様」を連想する「鼠志野茶碗 銘 峯紅葉」、黄色の釉薬(ゆうやく)がゆっくりと流れているように見える「玳玻鸞天目」、著者が「めちゃくちゃかわいい」と言う「織部四方手鉢」などに、猛烈に会いたくなってくる。
名品には、まだよく分かっていないことも多い。虹のような斑紋を持つ「曜変天目」がなぜ日本にしか残っていないのか。『栄花物語』の冊子を模した硯(すずり)箱は、誰がどのように使ったのか。そういった謎についての著者たちの考察は楽しいし、作品がよりミステリアスに見えてくる。
日本に住んでいるのに日本の文化をよく知らないという人は多いと思う。私自身もそれを引け目に感じていたが、本書を読んでいるうちにそんなコンプレックスも忘れていた。写真と言葉、感覚と理論の合わせ技で、一つの作品を深く理解する楽しさを教えてくれる一冊だ。