『跳ね返りとトラウマ』
- 著者
- カミーユ エマニュエル [著]/吉田 良子 [訳]
- 出版社
- 柏書房
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784760154944
- 発売日
- 2022/12/26
- 価格
- 2,970円(税込)
書籍情報:openBD
『跳ね返りとトラウマ そばにいるあなたも無傷ではない (原題)RICOCHETS』カミーユ・エマニュエル著(柏書房)
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
被害者支える家族の苦悩
冒頭から引き込まれた。そこには、途轍(とてつ)もない事件が身に降りかかった日の夜に著者がしたことと、その時念頭にあった物語のことが書かれていた。それは私もかつて愛読したレイモンド・カーヴァーの短篇(たんぺん)だ。あるパン屋が、予約した誕生日ケーキを取りに来ない女性に腹を立てる。実はその日彼女の息子は事故にあって昏睡(こんすい)状態だったのだ。この物語が念頭にあった著者は、夫がテロに巻き込まれたその日、予約していたレストランにキャンセルの電話をかける。事態の途方もなさと、生活のための義務の落差を、このときは乗り越えたのだ。
打ちのめされるような出来事が起こっても、人生は続いてゆく。本書は「その後の人生」がいかにままならないかについての記録である。とはいえ、著者を襲ったのは誰の身にも起こるような出来事ではない。また、彼女が苦しんだのは自分が被害者だからではなく、被害者となった大切な人を守る近親者だからだ。その複雑さが彼女の苦痛を複雑にする。
「私はシャルリ」という言葉を覚えているだろうか。2015年1月7日の事件を受けて世界中で口にされた言葉だ。この日、フランスの風刺週刊紙「シャルリ・エブド」の事務所がイスラム過激派テロリストの襲撃を受けた。著者の夫は同紙の画家で、当日は数分遅刻したため殺害を免れたが、撃ち殺された同僚たちを目の当たりにした。夫は臨床心理士の面接を受けるが、その際、著者は近親者も「跳ね返りによる被害者」だと言われる。
馴染(なじ)みのない言葉だったが、その後、ショックで日常生活に支障を来たす夫を身体的・精神的に支えることをすべてに優先させるようになって、気づけば著者自身も情緒不安定になっていた。しかし、「私はシャルリ」が一過性の流行に過ぎなかった人たちによる心ない言動に晒(さら)される。彼女は「跳ね返りによる被害者」について調べ、その法的な認定も得る。
著者の経験は特異で、安易な共感は禁物だ。しかしその考察には普遍性があり、介護やヤングケアラーの問題を考える上でも示唆的である。吉田良子訳。