『球跡巡り 球史を刻んだ球場跡地を歩く』山本勉著/日本野球機構編集協力(理工図書)
[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)
閉鎖球場 夢と興奮の跡
日本のプロ野球が始まってもうすぐ90年になる。この間289か所で公式戦が開催されたが、すでに閉鎖された球場はこのうち100か所を越えるという。本書は、これら球場があった場所(球跡)55か所を、日本野球機構の現役公式記録員を務める著者が関係者に取材を重ねながら訪ね歩いた探訪記である。球場といっても、フェンスやスタンドを備えたものばかりではない。学校や企業のグラウンドだったり、河川敷に広がったりしている場所もあった。
本書には、滅多にプロ野球を観戦できない地方の人びとの興奮が封じこめられている。初めて見るプロ野球選手「一人ひとりが神様に見えた」という野球少年の感動(各務原運動場)、これは評者も身に覚えがある。「雨上がりのナイターは格別に美しかった」とファンが語る福岡・平和台野球場の思い出話からは、この球場の空気が伝わってきた。きびしいプロの洗礼をあびた球場(大須球場)をふりかえる関根潤三さんや、ジェット機が始球式のボールを投下するとき怖さを感じたという(新潟白山球場)杉下茂さんら名選手たちも「球跡」を懐かしむ。
名前の知られた球審(岡田功さん)が、現役選手時代に唯一のヒットを記録した球場(中津市営球場)の挿話や、たった一度しか訪れていない球場(苫小牧市営球場)で球審を務めた記憶を克明に語る富澤宏哉さんの思い出、1日しか開催されなかった姫路城三の丸にあった球場(姫路城内球場)での試合、「不良、固い」と球場の状態が記載されているスコアカードの紹介などは、公式記録員ならではの取材と情報が盛りこまれており、プロ野球好きの人ならば楽しんで読めること請け合いの本である。
ある「球跡」のくだりで、ここが重要な役割を果たす宮部みゆきさんの長篇(ちょうへん)『火車』が紹介されており、あっ、と思った。たしかにそうだ。『火車』は“球跡小説”の随一ということができるのである。