『絵画とタイトル』
- 著者
- ルース・バーナード・イーゼル [著]/田中京子 [訳]
- 出版社
- みすず書房
- ジャンル
- 芸術・生活/絵画・彫刻
- ISBN
- 9784622095569
- 発売日
- 2022/12/13
- 価格
- 8,250円(税込)
書籍情報:openBD
『絵画とタイトル その近くて遠い関係 (原題)PICTURE TITLES』ルース・バーナード・イーゼル著(みすず書房)
[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)
作品命名 言葉との格闘
美術館で絵画を前にしたとき、まず何を観(み)ますか。絵に決まっているじゃないかとむっとした答えが返ってきそうだ。でもよく考えると、無意識に画家名やタイトルが書かれた解説に目がいってしまう人が多いのではあるまいか。
かくいう評者も例外ではない。たとえば「春雪」というタイトルを一瞥(いちべつ)したあと絵を観て、その絵に雪が描かれていると、春に降る雪なのだなとわかったような気持ちになり、目は次の絵に移る。これで絵を観たと言えるのだろうか。
本書は、絵を観る、解釈するという、普段何気なくおこなっている営みに揺さぶりをかけてくる刺激的な本だ。絵は描かれた作品としてそこにある。しかしその内容を他者に説明しようとすると言葉を用いなければならない。ピカソは自作に付けたタイトルについて問われ、「絵はそれ自体が語っている。説明したからってどうなるっていうんだ?」と答えたという。でも彼もまた絵と言葉の関係に無関心ではなかったと指摘されている。
かつて教会やパトロンが画家に依頼して絵画が制作された。主題は両者の間で合意されていたからタイトルは不要だった。ところが17世紀から18世紀にかけ、大量の絵画や複製物が流通することにより、その仲介者が絵にタイトルを付けだしたという。それから画家のタイトルとの格闘が始まった。
タイトルと絵の喰違(くいちが)いという批判を浴びた19世紀の画家ターナーやホイッスラー、絵を完成させてからタイトルを熟考して付けたルネ・マグリット。マグリットの絵のタイトルは、どれもが考えさせずにはおかない言葉から成り立つ。
本書を読んだあと、ある展覧会で思い切ったことを試みた。真っ先に絵だけを観て、何が描かれているのかあれこれ考え、そのあとタイトルを確認する。想像だにしなかった題が付けられていて驚く。今まで使っていなかった脳が活性化されたような気がした。田中京子訳。