『ゴリラ裁判の日』須藤古都離著(講談社)

レビュー

0
  • シェア
  • ツイート
  • ブックマーク

ゴリラ裁判の日

『ゴリラ裁判の日』

著者
須藤 古都離 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065310090
発売日
2023/03/15
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離著(講談社)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

「夫」射殺 動物が人間訴え

 二〇一六年五月二十八日の午後、米国シンシナティの動物園で、囲いのなかに落ちた男の子を手荒に扱った雄のゴリラ(体重一九〇キロ以上のニシローランド・ゴリラ)が射殺された。男の子の命が危険にさらされているとして、麻酔銃を使わず即座に実弾射撃に及んだ園側のふるまいに、厳しい批判、擁護論、様々な意見が飛び交うことになった。射殺されたゴリラの名前をとり、これを「ハランベ事件」と呼ぶ。

 本書はこのハランベ事件をモチーフとしている。もしもハランベに「遺族」がいて、射殺は不当だと訴えることができたなら――?

 主人公はカメルーン生まれのローランド・ゴリラ、名前はローズ。雌ではなく、ゴリラの女性と呼びたい。ローズは人間に劣らぬ知性を持ち、言葉を理解して手話で会話することもできる。夫のオマリとアメリカの動物園で幸せに暮らしていたのに、ある日、現実のハランベ事件と同じ悲劇がオマリの身の上に降りかかり、ローズは愛する伴侶の命を奪われてしまう。

 「今回の件は本当に残念だった。君には何度謝っても後悔が残るよ」

 園長はこんな台詞(せりふ)を吐く。確かに悲しんでいるし、責任を感じている。しかし、オマリがゴリラではなく人間だったなら、こんな言葉だけで事態を収拾できるだろうか。事件はもっと精査され、責任を問われる者があぶり出され、ふさわしい罰が科せられるはずだ。ローズはそれを求めようと決意し、動物園を訴える。その裁判の結果は、三百ページ余の本書の開巻早々に記されているので、ここで明かしてしまおう。

 見事に敗訴する。そこが物語の真のスタートだ。いっそう深い悲嘆に沈むローズは、しかし失意から立ち上がり、文字通り戦うゴリラの女性となって、再び司法の壁、人間とゴリラを隔てる壁に挑んで上訴し、法廷で自ら心情を訴える。第64回メフィスト賞、満場一致の受賞作。メフィスト賞がまたやってくれました。

読売新聞
2023年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ツイート
  • ブックマーク