リアルに疲れた時に読みたくなる「市井もの」の魅力 梶よう子×永井紗耶子 対談

インタビュー

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三年長屋

『三年長屋』

著者
梶 よう子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041133095
発売日
2023/02/24
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

とわの文様

『とわの文様』

著者
永井 紗耶子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041119907
発売日
2023/03/22
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

リアルに疲れた時に読みたくなる「市井もの」の魅力 梶よう子×永井紗耶子 対談

[文] カドブン

構成:細谷正充

おせっかい差配とくせ者住人たちとの関わりを描いた、ほっこり時代小説『三年長屋』。「おきゃん」な呉服屋の看板娘が、商売繁盛のため奮闘する書き下ろし時代小説『とわの文様』。両作の共通点は、江戸の町に暮らす庶民たちを生き生きと描く「市井もの」というジャンル。「市井もの」の魅力について、たっぷりと語り尽くしてもらった。

リアルに疲れた時に読みたくなる「市井もの」の魅力 梶よう子×永井紗耶子 対...
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リアルに疲れた時に読みたくなる「市井もの」の魅力 梶よう子×永井紗耶子 対...
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■絶品時代小説『三年長屋』&『とわの文様』刊行記念対談

――「市井もの」というジャンルの特徴はどういったものでしょう。

梶:「市井もの」をはじめ、時代小説では、蘊蓄を抑えぎみにしてストーリーとキャラクターで読ませます。史実をベースにした歴史小説よりも、時代小説の方がキャラで遊べると思います。

永井:そこが楽しのかもしれません。でも、史実に忠実にする部分もあります。『三年長屋』にも、実際に発令された奢侈禁止令が出てきたりしていますよね。

梶:全く時代設定がわからない「市井もの」も、たくさんあります。だけど私は、基本的に時代背景があっての「市井もの」だと思っています。その時代に贅沢禁止が出ているのに、贅沢な着物をまとっていると、ちょっとおかしくなってしまう。「えっ、そんな話があるんだ」という驚きから、「じゃあ木綿だけど裏は正絹にしちゃった」みたいな、そういう庶民の遊びを表現できたらいいなと思っています。

永井:史実はある程度は気にしますね。芝居の演目で、「この時代だったらこの辺のことをやっていたのかな」とか、「このくらいのときには、こういう人が流行っていたのだな」とか。芝居の話だと、細かく設定してみたくなります。

梶:そうですよね。

永井:あと、その当時流行っていた本とか。「何が出ていたのかな」などは気になります。

梶:本当にそれは気を使うところです。だからといって、調べたこと全部を作品の中に盛り込むと、うるさくなっちゃうじゃないですか。その辺のさじ加減が「市井もの」では難しいのです。

梶よう子さん
梶よう子さん

――『三年長屋』でお気に入りのシーンはありますか?

永井:終盤で町入能が出てきて、物語の世界が一段と濃厚になるような感じがあります。それが、すごく楽しかったです。江戸の庶民たちにも江戸城に入れる日があったのですが、人数は限られているので、くじ引きで決めなければいけないのです。どれぐらいの盛り上がり具合なのかしら、と考えると面白いです。

梶:町入能というのは、無礼講だったのです。将軍様が出てくると「よっ!」とか「親玉!」と声をかけたりします。将軍の船が通る時に、酔って声をかけちゃった人がいるという記述を見て驚きました。江戸の庶民って、意外と無礼で怖いもの知らずだったりするのですね。将軍様のお膝元で暮らしているから、親しみがあるのです。

永井:身近な感じなのかな。町人の感覚と武家の感覚には、かなり差があるのかもしれません。

梶:きちんとお城にお勤めしている方々なんかは、またちょっと違っていたでしょうね。

――『とわの文様』でお気に入りのシーンはありますか?

梶:主人公・とわのお兄ちゃん・利一の「大体の女は俺が好きで、大体の男は俺が嫌いだ」という台詞が好きです。あの台詞は思いつかないですね。利一の性格を見事に表現しています。遊び人風ではあるけれど、実は思慮深くちゃんと考えている。ああいうセリフもさらっと言えてしまう。能天気だけど、周りに心配をかけまいと気遣いができるという人間性がよく伝わります。

永井:ありがとうございます。「こんな人がいたら楽しいだろうな」と思いながら書いていたのです。

梶:利一は本当に大好きなキャラクターです。男性から見たら、「なんか嫌な奴」というような印象もあるかもしれないけれど(笑)。〇〇〇の場面で、お兄ちゃんが、にやっと笑っているのが可笑しいですよね。※編集部註:是非とも本編でお楽しみください。

永井:そこは、編集者がギリギリまで気を持たせましょうよと。

梶:「お兄ちゃん来るのかなあ」と思っていたら、「えーこっちかい!」みたいな。見事にはまってしまいました。

永井:よかったです。

永井紗耶子さん
永井紗耶子さん

――「市井もの」や「長屋もの」の一番の魅力はなんでしょう。

永井:時代小説で描かれる江戸時代には、ワンダーランドじゃないけれど、テーマパーク感があります。ある種のアナザーワールドで、地続きの別世界みたいな感じです。そういう時代があったのかと想像できなくはない。だから、ファンタジーほど遠くないのです。

梶:じゃあリアルかっていうと、そうでもない。

永井:リアリティのちょい欠け具合がいい感じですね。

梶:たしかにいまでは、密なお付き合いやコミュニケーションは減ってしまいました。それでも、江戸時代にはこういうことがあったかもしれないねって、十分想像できます。

永井:そういうところが、ほっこりするのかもしれません。欲しかった温かさみたいなものがある気がします。捨て子があれば、その子の幸せを考えながら、誰が育てるか相談する。問題が生じると、みんなが一つの方向に向かっていくわけですね。そういうコミュニティを、いいなと思ったりする。
私が「市井もの」にはまったのは、疲れていた時でした。リアルに疲れていて、もう複雑な話を読みたくはない。ヒリヒリするサスペンスとかではなく、温かい思いをしたいって気持ちの時に、江戸の「市井もの」を読んでいた気がします。出てくるお蕎麦がおいしそうだったので、今日はお蕎麦にしようとか。

梶:なるほど、読んでいて疲れないのはありますね。

永井:現代小説で新宿の交差点を渡る描写を読むと、人混みがあると想像がついて、疲れてしまいます。時代小説の中で日本橋の町や上野の池之端が描かれていても、まだ自然が残っているから、想像しても疲れないのです。

梶:利一のお話でもありましたが、「こんな人がいたらいいな」とか、「こんなことがあったらいいな」という願望を書けるのが「市井もの」の楽しさですね。とわちゃんを動かしていると、楽しいんじゃないですか?

永井:楽しいです。食べたいものを食べさせてあげられますし。普段町を歩いていても、「このお店って何年からあるのだろう」ってよく調べちゃいます。

梶:あります。あります。

永井:「そうか、この時代からあったのか。なら、ここでお菓子を買ったことにしよう」とか。

梶:そういう影響って、池波正太郎さんからだったりするんですよ。『鬼平犯科帳』で鬼平がふらっと奥さんにおせんべいを買ったりする。そういうシーンを読んで、学んだことがたくさんありました。池波先生が作ったものは大きいなと実感します。

永井:江戸の下町に行ったりすると、「池波先生ご来店」みたいに書かれているところがありますよね。池波さんが食べていたならば、絶対おいしいだろうとなってしまいます。

梶よう子さん
梶よう子さん

――『三年長屋』では住人たちの密な関わりが、『とわの文様』では一家揃っての人助けが描かれています。そういった人間関係に憧れがあるのかもしれませんね。

梶:何十年も前は若干そういうことがあったのです。子どものころ家に帰ると、母がいない。すると、隣のおばさんが「お母さん出かけたよ、帰ってくるまで家でおやつ食べる?」と言ってくれる。それが今はなくなっていますね。

永井:数年前に近所の五才くらいの男の子が、夜に「お母さんがいなくて寂しいのでうちに来てくれませんか」と、訪ねてきたことがありました。「お母さんの携帯わかる?」と聞いてもわからない。でも家に入れると誘拐、訪ねると不法侵入。結局、警察に連絡するしかなくて。法律が、子どものことを囲って守っているようで、他人との関わりを却って阻害しているようにも感じます。

梶:すごく難しいですよね。江戸の長屋にも、長屋ならではの問題がありました。

永井:住む長屋によって運命が変わりそうですよね。『三年長屋』でもそうですが、差配さんによっても、すごく変わる。

梶:「店子と大家は親子」みたいなことを言うけれど、「とんでもない!」と思う人もいますよね。すごくルールが厳しくて、ちゃんと生活していないと怒られちゃうようなこともあります。でもやっぱり、夢を抱いちゃいますよね。

永井:ここの長屋に住んでいたら、みんな世話をしてくれるだろうって。

――梶さんは歴史小説の刊行が続いていますが、これからも「市井もの」を書いていこうとお考えですか?

梶:もちろん書きたいと思っています。歴史小説がちょっと増えちゃいましたけど、やっぱり「市井もの」が大好きです。

――永井さんはいかがでしょう。

永井:両方やりたいです。どっちも好きなのですよね。歴史を紐解くのも楽しいし、その時代で遊ぶのも楽しい。どっちかに絞るより、両方楽しみたいです。

――お二人とも、これから時代小説と歴史小説をどんどん書いていただければ、読者として嬉しく思います。

梶・永井:ありがとうございます。

■プロフィール

■梶よう子

東京都生まれ。フリーランスライターのかたわら小説執筆を開始し、2005年「い草の花」で第12回九州さが大衆文学賞大賞を受賞。08年「一朝の夢」で第15回松本清張賞を受賞し、単行本デビューを果たす。以後、時代小説の旗手として多くの読者の支持を獲得し、16年『ヨイ豊』で第154回直木賞候補となり、同作で第5回歴史時代作家クラブ賞作品賞を受賞。主な著作に『赤い風』『北斎まんだら』『連鶴』『夢の花、咲く』『桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介』『ことり屋おけい探鳥双紙』『広重ぶるう』『空を駆ける』『我、鉄路を拓かん』などがある。

■永井紗耶子

1977年神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒。新聞記者、フリーランスライターを経て、2010年「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。20年刊行の『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で、細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。22年『女人入眼』が直木賞候補となる。他の著書に『大奥づとめ よろずおつとめ申し候』『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』『横濱王』『木挽町のあだ討ち』などがある。

KADOKAWA カドブン
2023年03月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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