「戦争なんかしている場合ではない」コロナ禍に注目された作家が世界全体で取り組むべき問題を語る

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パルウイルス

『パルウイルス』

著者
高嶋, 哲夫, 1949-
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758414371
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

高嶋哲夫の世界

[文] 角川春樹事務所


高嶋哲夫さん

10年前に書いた『首都感染』が、新型コロナの発生を予言した本として話題になった作家・高嶋哲夫さんによる小説『パルウイルス』が刊行された。

これまで日本の自動車産業の未来を描いた『EV 日本自動車産業の凋落』や大規模な自然災害の脅威に対峙した『TSUNAMI 津波』『M8』、そして原発の恐ろしさをテーマにした『原発クライシス』などを手掛けてきた高嶋さん。

本作では地球温暖化がもたらす影響を軸に、最強のウイルスと人類の闘いを描き、地球規模で取り組むべき問題を提示してみせた。

その高嶋さんに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の課題や日本人に持って欲しい問題意識、そして作品に込めた想いについて伺った。

温暖化で活性化する未知のウイルス

――本書を書かれたきっかけから教えてください。

高嶋哲夫(以下、高嶋):以前『バクテリア・ハザード』や『首都感染』を書いたときに、ウイルスやバクテリアをかなり調べました。特に『首都感染』はコロナ流行の前に刊行されたため、各方面から「予言の書」と言われました。しかしこれは決して予言ではなくて、歴史的な事実であって、むしろ必然なのです。要するに定期的にペストやコレラ、エボラなどいろんな疫病が流行ってきて、今回コロナの蔓延があったのです。順番に出てきているのですね。それと重要なのは、エボラにしてもどこかの森の中でひっそりと宿主に寄生していたウイルスやバクテリアが、森林伐採といった人間の開発によって、人間社会に出てきてしまったことです。それに加えてこれからはおそらく地球温暖化によってシベリアの永久凍土は溶け出していきます。本書に書きましたが「モリウイルス」という事例も出てきています。それが活性化する可能性もはらんでいるのです。何万年も前のウイルスが生きて出てくるという怖い状況ですね。これからは頻繁に、いろんな未知のものが出てくる可能性があります。そういうイメージで書きました。

――歴史的事実としてあるものだ、ということですね。

高嶋:歴史的事実として続いていて、人間の開発の地域が広がり、速度が急激に速くなったということです。その究極が地球温暖化なのですね。これからさらに進んでいくと、やはり今まで現れなかったものが出てくる。人間たちがまだ気づいていないような。

――未知のものが出てくるのですね。2016年にトナカイの死体から拡散した「モリウイルス」が少年の命を奪ったことは、ヒトへの感染もあったという事実を知らしめていて、本当に恐ろしいと思いました。マンモスを発掘する導入シーンから、臨場感があって引きこまれました。作品を書かれるときは、映像的なものを具体的にイメージされているのですか。

高嶋:私は興味があるものは全部、DVDに録画してとってあります。マンモスのクローンの復活はけっこう行われているようですね。何年も前から子供のマンモスを掘り出した映像を持っており、いつか小説に書きたいと思っていました。今回、マンモスを書こうと思ったときに、そうした映像を引っ張り出してきて何度も見て書きました。シベリアやアラスカの映像も。オーロラはぜひ本物を見てみたいです。

――映像からのリアリティですね。まさに迫真で驚きました。

高嶋:マンモスのクローンとウイルスの復活は、少し違いはありますが、仕組み的には同じですからミックスさせました。

――マンモスの復活はロマンがありますが、一方では眠っていたウイルスを呼び覚ましてしまうのは負の要素です。まさに光と闇が交錯する象徴的なシーンと思いました。ウイルスの話ですから、やはり物語の中でもコロナが重要な鍵となりますが、人類は本当にコロナを克服したのでしょうか。

高嶋:はっきり言ってよくわからないですね。本書にも書きましたが、ウイルスの宿主を見つけなければいけないのです。どこから生まれて、どのように伝播していったかという。コロナもどういう過程で出てきたのかということを調べないといけません。中国の武漢ということは分かっても、市場なのかどこか定かではない。ネズミかコウモリか他の希少動物か、何が発生源なのかさえ調べきれていない。ですから、きちんとした対応ができていないのです。おそらくまた同じようなウイルスの蔓延が繰り返されると思うのです。ウイルス出現の原因が分からないと、根本的な対処方法がないですよね。それでこの本では宿主を見つけるという点に拘っているのです。

――本当の意味でまだコロナは終わっていないと。

高嶋:コロナウイルス出現の原因についてはどの国でも研究が進んでいません。落ち着いたら誰かが声をあげて、中国を説得して本当の経路を見つけることが重要ですね。日本と欧米では初期の段階で未知なるウイルスへの対応がまったく違っていました。その違いを比較調査することもとても大事なことだと思うけれども、全体的に曖昧になっています。ですからやはりちゃんと調べないといけません。交通事故で死んでもPCR検査が陽性であればコロナ死の扱いになるなど、統計の取り方も日本では不正確です。しっかりと検証し直すべきですね。こうしたデータが歴史として残ると混乱してしまいます。

――コロナに打ち勝つのはまだ先なのでしょうか。

高嶋:現実的にはもうコロナの脅威はインフルエンザ並みですから、対ウイルスの闘いという意味では勝っていますね。コロナで亡くなる方はだいたい80~90歳という高齢の方たちばかりですので、実際はそんなに怖い病気ではないのです。ただ欧米の初期の段階は致死率が高くて怖かったですね。

――人類にとってウイルスとはどんな存在なのでしょうか。

高嶋:人間を滅ぼすウイルスは、地球にとってはいいものか、悪いものか。ひょっとしていいものかもしれない。見方を変えれば、人間はこれから先、地球温暖化を含めて他の生物たちを殺し、地球を汚していく悪しき存在なのです。実際に人間なんて滅びてもいい、滅びるべきだと考えて行動している者たちもいます。これが、『パルウイルス』というタイトルにも込めましたが、「友」という意味の「PAL=パル」ウイルスになるのです。人類に対して、「地球にもっといいことをしろ」と訴える存在ですね。そして、PALとPALE、ペイルウイルス、蒼ざめたウイルスにつながっていきます。「ヨハネの黙示録」に現れる蒼ざめた馬は、死を意味しています。

日本人は地球規模で問題を持つのが苦手

――作中には「人間は増えすぎているとは思わないか」というフレーズがあって印象的でした。誰にとっての地球なのかと深く考えさせられますね。

高嶋:ありがとうございます。でも、どうも日本人というのは、地球レベルで問題意識を持ってはいません。前作である『EV イブ』(単行本2021年、文庫2022年)で書きましたが、とにかく欧米諸国は、「これからは完全に地球温暖化防止に向かっていく」と方針を固めて、コストはかかっても半ば強引に経済をシフトさせています。しかし日本はどうも乗り切れていない。ハイブリッド車はすごい技術で効率もいい。だから作るのだと言い張る。欧米は日本への対抗意識でハイブリッドを否定していると思いこんでいる。それも確かなのでしょうが、実際に欧米諸国は、明確に地球温暖化防止に向かっている。良し悪しにかかわらず、国を挙げてその方向に進まねばならないという考え方が日本はできない。やはり島国根性が抜けないのでしょう。

――その壁を越えるには何が必要なのでしょうか。

高嶋:難しいですね。でも、まずは『EV イブ』を読んでいただければいいと思います(笑)。SFではなくてリアル小説なのです。

――マンモスが意思を持っていて死に場所を求めて大陸を移動していった、という発想にロマンを感じました。

高嶋:子供の頃から「ゾウの墓場」というエピソードが頭に残っています。滝があって滝の裏にゾウがたくさん死んでいるという。そういう確かなイメージがあったので、マンモスの墓場という感じで書きました。

――マンモスが絶滅した理由も諸説ありますね。

高嶋:そうですね。増えていった人間が食用のために乱獲したという説や、氷河期になり死に絶えたとか、もちろんウイルス説もあるでしょう。いつか分かるといいですね。

――ウイルスよりも怖いのはウイルスを生物兵器として悪用しようとする人間でしょうか。

高嶋:ちょうど書いているときにロシアがウクライナを攻めはじめました。そして、毒ガスや細菌兵器が使われる可能性が報道されました。根絶宣言がされている天然痘ウイルスはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)とロシアの国立ウイルス学・バイオテクノロジー研究センター、通称ベクターで保管されています。人間は本当に恐ろしいですね。

――現実の闇をまざまざと見せつけられました。3万年という時の流れもすごいですが、シベリアからアラスカという大陸をまたぐ壮大なスケール感がたまらないですね。

高嶋:マンモスと地球温暖化。日本だけでは収まりきれない、地球規模の問題を書きたかったのです。

――コロナでいったい人類は何を学んだのでしょうか。

高嶋:国際的にはワクチンが早くできたという成果があります。しかし日本は結局、早い段階でワクチンができなかった。抗ウイルス剤も遅れた。なぜかといえば、研究自体の遅れもありますが、医学的に振り返れば治験に時間がかかるのです。WHOをもっとしっかりと利用して、あらゆる国と組織が一体となって国際的承認方法をとるなど、グローバルな考え方が不足していたように思います。今後、地球温暖化が国境を越えて様々なことを引き起こしていく。何が起こるのかをもう少しちゃんと国際レベルで考え、それに対する対応方法を考えていかなければならないのです。

――やはり今回のコロナの検証が重要なのですね。

高嶋:むやみな開発、環境破壊は怖いのです。アマゾンなどの地域も随分森林が破壊されて、これからも開発路線で突き進むと思いますが、そうなったときに一体なにが起こるのか。不測の事態が起こったときにどう対処すべきなのか。コロナの場合はもう少し中国やWHOが早めに対応していたら世界にこれほど広がらなかったでしょう。ブロックできた可能性もあったのです。責任の所在をどこにするかという議論を踏まえて、世界的なルールを作らねばなりません。どこかで異変が起こったら、それに世界全体で取り組みましょうということです。コロナの場合は偶然ウイルスだったのですが、今度は別のものが出てくるかもしれない。

次に迫る危機とは何か、次の災厄を起こさぬために

――ウイルス以外のものですね。

高嶋:それが何かは僕もよくわかりません。異常気象というのもそうかもしれません。これも地球温暖化が原因ですよね。山火事が多くなっているとか。おそらく相乗効果になっていると思います。緑が少なくなるとますます地球温暖化が進行する。いまから気温が1・5度上がったら、もう後戻りができない。雪崩式に地球温暖化が進んでしまう。そういう研究結果も出ているのです。50年後、地球がどうなっているか、真剣に考えなければならない時なのです。

――もう未来がないかもしれないというくらいの危機感をもたないといけないのですね。

高嶋:そうですね。欧米のある人たちだけが危機感をもっている印象ですね。地球温暖化は日本人が考えている以上に、おそらく深刻な状況をこれからもたらしていくと思います。できることはやっておいた方がいいのです。地球温暖化なんて起こっていないと楽観的なことを言っている方もいるのですが。できることをやって、その結果を精査すべきでしょう。それがいいと思いますね。

――なぜ日本人には危機意識が足りないのでしょうか。

高嶋:要するに日本人は中途半端に裕福なのですよ。普通に生きていれば、飢え死にすることもないですし、そこそこ文化的な生活ができる(笑)。日常生活の中に切羽詰まった感覚がないのでしょう。でも、地球温暖化の問題は決して他人事ではありません。地球規模で考えてもらいたいですね。

――高嶋さんの作品は、すべて雄弁ですね。本書でも、「次のパンデミックは絶対に起こさせてはいけない」という力強いメッセージが伝わってきました。

高嶋:ありがとうございます。

――その言葉通り、パンデミックは未然に防ぐことができるということですね。

高嶋:そう思いますし、そうしなければならないと痛感したはずです。もっと声を上げて、中国にもコロナの宿主について調べてもらうなど、国際協調がいままで以上に必要となると思いますが。

――ジャケットはパルウイルスのイメージですね。

高嶋:はい。これはエボラウイルスがモデルです。コロナウイルスは丸型ですがエボラウイルスは線状で目が二つあり、それを三つ目にしています。

――巻末に参考文献も挙げられていますが、このリストの書籍以外にも「頭の中にある」とお聞きしました。

高嶋:本も全部読んでいるわけではないのですよ。必要な箇所だけ参考にしているという感じです。苦労したのはシベリアに関する資料がないのですね。シベリアの永久凍土が溶けてマンモスが出ているという映像をけっこう持っていて、仕方がないのでそこから想像を膨らませました。Googleマップでシベリアを探してもほとんど出てきませんから。映画やDVDも参考にしましたが、できれば現地取材をしたかったですね。本物のオーロラを見てみたいです(笑)。

――オーロラ、いいですね。

高嶋:冬のアラスカやシベリアは明るくなるのが9時か10時で、陽が沈むのが15時くらいなのです。だから時間の整合性には気をつけました。朝起きて明るくなったという表現はできないですから。真っ暗な朝には雪やオーロラの明かりで行動したなど工夫しました。月明かりもありますしね。結構、空気が汚れていないので明るいらしいですね。全部、想像して書くしかありませんでしたが。

――想像を膨らませることができるのが小説の良さでもありますね。

高嶋:そうですね。ぜひ、シベリア、アラスカの大自然、そしてオーロラを想像しながら読んでください。

――ラストも見事だと思いました。

高嶋:ありがとうございます。僕の言いたいことです。主人公たちに言ってもらいました。

――終盤の展開に大きな「愛」を感じました。

高嶋:人類愛もあれば個人的な愛情もありますね。やはりコロナで多くの尊い命が失われました。この三年間はごく一般の人が、生と死を身近に感じた時期なのではないでしょうか。家族や恋人など弔うことのできなかった大切な人たちとの別れも切実でした。何百万人もの人が亡くなっている中で私もいろいろと考えましたね。病院の中で死にそうになっている人、インドで酸素ボンベを求めてさすらう人たちの姿、ガンジス川で人を焼いている光景など、死が本当に身近に見えていました。死があるから生があるのです。その対比でいろんなことを感じとってもらえると嬉しいですね。

――まさにこの時代が生み出した一冊でもありますね。最後に、読者へのメッセージをお聞かせください。

高嶋:やはり、コロナの教訓というのは、このまま風化させるべきではないということです。でも単に恐れるだけでは駄目だし、地球温暖化というベースをもう少し自分たちが生きている空間で考え直してもらいたいです。極端な異常気象や未知のウイルス蔓延など、今後、地球上に起こる様々なことは地球温暖化といろんな面でつながっているのです。はっきり言えば、戦争なんかしている場合ではありません。もっと世界全体で取り組む問題であり、その解決はできれば日本が主導権をもってやってもらいたいですね。
 世界と日本はコロナ禍の経験から多くを学びました。世界はつながっているということです。中国で現れた一個のウイルスが数か月で世界中に広がり、膨大な数の感染者と死者を出し、三年以上も影響を及ぼしています。日本では東京一極集中という問題があります。コロナ対策でもやっぱりそれが大きなマイナス面で現れました。さらに日本にはコロナ以上に怖いものがあります。南海トラフと首都直下型地震、これは必ず起こります。そして富士山噴火。これもコロナと同じように予言ではなく歴史的、科学的な事実でもあるのです。それを踏まえて対策を立てながら生きていかなければならないでしょう。そう思います。

――それを知るためにも高嶋作品を読むべきですね。

高嶋:ぜひとも。よろしくお願いいたします。

 ***

高嶋哲夫(たかしま・てつお)
1949年岡山県生まれ。神戸市在住。慶應義塾大学卒。日本原子力研究所研究員を経て、学習塾を経営しながら文筆活動を開始。1999年『イントゥルーダー』で「サントリーミステリー大賞」の大賞・読者賞をダブル受賞し、鮮烈なデビューを飾る。著書に『EV 日本自動車産業の凋落』『TSUNAMI 津波』『M8』『首都感染』『紅い砂』『官邸襲撃』など多数。

構成:ブックジャーナリスト 内田剛

角川春樹事務所 ランティエ
2023年4月号 協力:角川春樹事務所 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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