彼氏に振り回され山中で全裸写真、DVに野宿……「紗倉まな」の描く危うい恋愛バランス

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ごっこ

『ごっこ』

著者
紗倉 まな [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065304471
発売日
2023/02/22
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

動かないシーソーに魅力はない 危ういバランスとその崩壊が面白い

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 若者たちの間で恋愛がはやらないのは、周りが「公平」「平等」を強調しすぎるからではないか。恋など普通は一方的に生じるものであり、恋愛関係になるとしても、そこに客観的対等性など必要なく、それをキープできるかは、あくまで主観的なバランスの問題だ。

 表題作を含む三篇を収めた本書は、作者の四冊目にして初の恋愛小説集だ。どれも一方通行の思いによって保たれる関係を描く。

「ごっこ」においては、三十一歳になるOLが、六歳年下のアーティスト気取りの彼氏に振り回される。何ものかからの逃避行を企てる彼に合わせて仕事を無断欠勤し、レンタカーを運転し、その間も言葉によるモラハラにあいながら、山中で全裸写真を撮られ、野宿を強いられる。DVも日常的らしい。

 洗脳されているのではない。この小説は一人称小説であり、男のクズぶりを語るのも主人公だからである。自分だからこそこんな男とつきあってやっているのだという「ごっこ」の自覚のある以上、他人が口を挟む余地はない。

 この「ごっこ」の自覚がつづくかぎり、二人の間のバランスは保たれる。しかし、関係の根拠が自覚にしかないのであればなんとも危ういバランスである。

 実際、資金も尽きて終わりの見えてきたこの逃避行に、最後になってバランスの逆転が起きる。

 残る二作においても、不倫をめぐる夫婦間のバランス、同性間の友愛とも恋愛ともつかぬ関係のバランスとその崩壊が描かれる。

 ただ、動かないシーソー、床に置かれた綱渡りなど何もおもしろくないように、安定しきった恋愛などなんの魅力もない。自力でバランスを保つからこそ楽しいのだ。が、もちろん転落も覚悟しなければならない。若者よ、本書を読んでその覚悟を持て、というのは、これまた大きなお世話なのだろうか。

新潮社 週刊新潮
2023年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク