庭師、刀匠、宮大工。アップデートされる師匠への敬意と弟子に寄せる信頼

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庭師、刀匠、宮大工。アップデートされる師匠への敬意と弟子に寄せる信頼

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 習うのではなく盗めとか、背中を見て覚えろとか、職人の世界に伝わる育成法は、情報通のマニュアル世代にはおそらく不向き。理不尽としか思えないのでは。

 時間感覚だって違ってきている。下積み10年なんて学ぶ方も大変だけど、育てる側にも余裕が必要。日進月歩の技術革新で、即戦力を求められる現代には贅沢かもしれない。

 優れたノンフィクションをいくつも手がけてきた著者が、新作に選んだテーマは職人芸の伝承。庭師、仏師、左官、刀匠、宮大工……16組の師弟を仕事場に訪ねて、技術や伝統がどうやって受け継がれているのかを探っている。

 取材対象は、血縁以外にも門戸を開いている人たち。それぞれがどんな職なのかを紹介しつつ話を聞いていく。仕事の魅力とともに技能の繊細さや奥深さが伝わってくる。師匠への敬意と弟子に寄せる信頼が響き合うような言葉を引き出していて、読んでいて心地好し。

 取材を通じて著者は、職人の師弟関係が「背中も見せるが、口でも教える」に変わってきた、と気づく。

 登場する先達の多くは徒弟制で鍛えられた。たとえば左官の田中昭義さん。掃除や下働きばかりに明け暮れ、やっとコテを握らせてもらったのは3年目。「重い」と感じたという。でも弟子には、入社2週目にコテをプレゼントした。自分なりに育成法を考えているのだ。

 他の師匠たちも、理論を説くようにしたり、実践から学ばせたりと工夫している。住み込みや無給が当然という職場も登場するが、共通しているのは、技術や伝統をなんとか次世代に伝えたい、という熱意だ。

 もちろん、育成法がいくらアップデートされても、一流の職人になるのは簡単じゃない。突き詰めればやはり「死ぬまで修業」の世界。生き方を問われる仕事だ。それゆえか、各章に配された師弟のツーショット写真が妙に沁みる。いい笑顔。

新潮社 週刊新潮
2023年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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