『「狂い」の調教 違和感を捨てない勇気が正気を保つ』春日武彦、平山夢明著(扶桑社新書)

レビュー

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『「狂い」の調教 違和感を捨てない勇気が正気を保つ』春日武彦、平山夢明著(扶桑社新書)

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

正論に疑問持つ大切さ

 精神科医と作家による対談を収めた『「狂い」の構造』シリーズ第3弾。なんだ対談本かと決して侮るなかれ、これが実に面白い。最近、テレビを見ていても、WEBの記事を読んでいても、間違いを恐れたガチガチの答えばかり目につく。いつの間にか、あんなに声が大きかったおじさん達(たち)にも元気がない。そんな中、2人が自然体で喋(しゃべ)りまくるのが、本書の魅力の一つ。

 内容が面白いのはもちろんのこと、読んでいて会話の勉強になる。会話というのは、それぞれの力がバランス良く均等であればそれで良いというわけでもない。その点この対談は、一見7対3くらいで成り立っているようでいて、実はしっかり対等だ。相手に語らせる側と、相手に語らされる側の信頼関係がちゃんと見えるから、こちらも安心して読むことができる。程よく力の抜けた2人の語りを通して、数々の金言と出会う。正しく丁寧に整理されたよそゆきの言葉にはない、うねりやザラつきがある言葉。会話をする者同士の関係が親密であるほどに、その純度は高まる。純度の高い会話の中には、余分な言葉も多い。そうしたものの中から、自ら探し当てる。それはまるで潮干狩りのよう。土産物屋に並ぶ綺麗(きれい)な貝殻じみた会話と違い、ぬかるんだ泥の中に手を突っ込み、自分に響くものを探し当てる。また、その泥の感触がやけに心地良かったりもする。手足までどっぷり浸(つ)かり、世の中で今何が起きているかにじっと耳を傾ける、そんな時間が楽しい。

 本書のテーマでもある「違和感」は、個人の中からそれぞれ発せられる懐中電灯の光だ。なんでもすぐに論破してしまうのは勿体(もったい)ない。正しい答えが出たとしても、その違和感の素(もと)は消えずに残るはずだから。そうして、何かに引っかかる違和感を持ち続けることの大切さを、本書は教えてくれる。こんなことを書いても、「は?馬鹿じゃねぇのコイツ」と呆(あき)れて笑い飛ばしそうな、あの2人の語りがとにかく魅力的だ。

読売新聞
2023年3月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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