『同和のドン 上田藤兵衞 「人権」と「暴力」の戦後史』
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練達のジャーナリストが綴る同和運動を通じた「異形の戦後史」
[レビュアー] 高山文彦(作家)
タイトルに刺激されて読んだら、肩透かしを食うかもしれない。上田藤兵衞という人を私は知らなかったので、なおさら闇の奥の住人の波瀾万丈な生涯を詳述しているものと期待して読んだが、あらましがわかるくらいで、伝記レベルには達していない。にもかかわらず本書を薦めるのは、自民党系同和運動の視点から「異形の戦後史」が綴られるからである。練達のジャーナリストによるこうした本は、初めてではなかろうか。
上田藤兵衞は京都山科の被差別部落出身。現在、自由同和会京都府本部会長をつとめている。「京都のドン」であった野中広務に信頼され、彼は京都の「同和のドン」として知られるようになったという。権勢の源のもう一つは、服役中に出会った山口組五代目組長渡辺芳則との絆。つまり表と裏、両方の切り札を手にしていたのだ。
興味深いのは、京都という世界的観光都市の奈落のありさまが見えてくるところだろう。崇仁地区の再開発利権をめぐって血みどろの抗争が繰り広げられた。崇仁は国内で三指に数えられる規模の同和地区であるが、ここには今年、京都市立芸大の新キャンパスがオープンする。血の抗争の過去なんて、きれいさっぱり消失するだろう。人の命のはかなさに胸を衝かれる。
登場人物は、世間を騒がせた経済事件や暴力団抗争で名をはせた者たちが多く、ほとんどが他界している。力ある者は彼の上から消え、裏社会の生き証人は彼一人となった。この人も腕力と度胸にまかせて「無頼の人生」を歩んでいたが、1982年に同和運動に飛び込み、野中広務と連携して差別解消のための法整備に汗を流してきた。
いまは同和運動のほかに宗教法人を起こし、「中臣不比等」を名乗る。差別解消への彼の思いは、「人間の安全保障」という一語に尽きるらしい。「世界人権宣言の原点に立ち返り、互いを認め、尊重し合うしかない」と述べている。人生の成功者ではあろう。しかしその心には、不遇のまま死んでいった人々の声が渦巻いているのではあるまいか。
「同和利権」という言葉は聞こえは悪いが、彼らに正しく帰属すべき権利なのであって、経験せねば得られぬ知と情の成熟へのプロセスでもあった。糾弾についてやや批判的に書かれるが、いまは、辛抱強く行われている。糾弾もまた差別された人々の正当な権利であり、自由と民主主義の国に生きる者の証しとして、差別者にも引き受けてほしいと私は考える。