賛否両論巻き起こすだろう問題訳が愉快痛快!

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賛否両論巻き起こすだろう問題訳が愉快痛快!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 于武陵の「勧酒」を「この杯を受けてくれ/どうぞなみなみと注がしておくれ/花に嵐の喩えもあるぞ/さよならだけが人生だ」と訳したとされる井伏鱒二をはじめ、翻訳の専門家が担当するケースが多い小説とはちがって、詩の主な訳し手は文学者だ。リルケやディキンソン、ダンテ、漢詩などを、今ここで使われている現在進行形の日本語にトランスレートした『ダンテ、李白に会う』の著者・四元康祐もまた、現代詩壇を代表する一人なのである。

 名前を知っている詩人から読み始めればいい。たとえ知らない詩人ばかりでも大丈夫、訳者がわかりやすい解説をつけてくれているから。わたしが皆さんにまずお勧めしたいのは、ダンテの『神曲』地獄篇を取り上げた章だ。名のみ高く読む者少ないこの名作が、思わず笑ってしまうほどくだけた日本語になっているのだ。訳した詩の途中に差し込む解説も愉快痛快。ダンテがホメロスをはじめとする〈超エリート詩人集団〉の六番目のメンバーに入れてもらったとはしゃぐ場面に対し、〈自分で勝手に書いたこととはいえ、よかったねダンテ、おめでとう〉とツッコミを入れる箇所をはじめ、「神曲ってこんなに面白いの!?」と目からウロコがボーロボロッ。是非、煉獄篇も天国篇も訳していただきたい。

 漢詩の数々は、「読み下し文」と共に四元流の訳が並んでいるのだけれど、その訳し方がかなりチャレンジング。李白の「古風」を訳した197~199ページを是非読んでみて下さい。〈言語や文化や民族といった属性を剥ぎ取った、純粋なポエジーそのものを感知する〉ために〈逐語的な訳から大きく隔たったり、まったく別の詩の引用という形を取ることになっても止むを得ない。むしろそのような変容をこそ探索しよう〉という意志から生まれた、賛否両論巻き起こすこと必至の問題訳になっているのだ。わたしは賛、断然賛。李白も、おそらくきっと、賛。

新潮社 週刊新潮
2023年4月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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