『うつけ者 俄坊主泡界1 大坂炎上篇』
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もしかすると本年ベスト? 人間の土性骨を示す真の大衆小説
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
凄まじい小説を読んでしまった。
東郷隆『うつけ者 俄坊主泡界1大坂炎上篇』は、もしかすると二〇二三年のベストかもしれない。続篇の『江戸破壊篇』が四月に刊行予定らしい。それまでに読むべきだろう。
町医者の倅・集目清二郎は父の跡を継ぐことを嫌って大坂に上り、半端仕事で暮らしを立てる気楽な身の上になる。そのうちに伝手が出来、大塩平八郎の門下に入った。
天保八(一八三七)年二月、大塩は私腹を肥やす為政者を討つため挙兵するもあえなく頓挫、師と別行動をしていた清二郎は門人に紛れ込んでいた密偵に狙撃されて瀕死の重傷を負う。それを助けてくれた法界坊の導きで彼は得度し、泡界坊浄海を名乗るのである。
ここまでで全体の三分の一、以降清二郎改め浄海は、世の中を転覆するために法界坊が進める、地下運動の助手となる。それが大塩のような武装蜂起ではなく、お上の愚かさを批判した刷り物を売ることというのが愉快だ。ペンならぬ、筆は剣より強しである。同じ文筆家ならお前もこれくらいやらんかい、とページの向こうからどやされた気がした。
浄海はここで意外な才能を発揮する。私度僧である彼は願人坊主、つまり軒付けで報謝を戴く芸人でもある。芸人としての浄海は人を面白がらせる文句や節を考える才能に長けていたのだ。一味の刷り物は飛ぶように売れる。だがそれはお上から睨まれることと裏腹でもあり、浄海たちの背後には危険が迫る。彼らをつけ狙う者たちの中には憎むべき密偵・梅原孫太夫の姿もあった。
法界坊は歌舞伎「隅田川続俤」に登場する破戒僧で、浄海の師匠は三代目という設定である。また作中には浄瑠璃をもじった台詞が頻繁に使われる。古典芸能の素養が豊かに盛り込まれた作品でもあるのだ。地べたを這って生きる人間の土性骨を示す啖呵が痛快極まりない。生命力に溢れた、真の大衆小説である。