「中2の頃の自分」が面白いと思えるものを… SNSでバズったデザイナーのニッチなアイディアとは

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「欠点をそのまま見せる」ニッチなデザイナーの作られ方

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 今いませんとはずいぶん人を食ったようなペンネームだと思ったが、「固定の私が不在」という意味をこめた名前なのだという。表現をする人なら誰でも、そしてジャンルが何であっても、世の中から「こういうものを作れ」と要求されることになんらかの抵抗をしつづけなければならないが―不特定多数の人の好みに合わせるということは、誰もがすでに知っているような価値や快感をなぞって再現する仕事しかさせてもらえないということで、創造性の出番はなくなり、縮小再生産のループにとらえられてやがて沈んでいくだけである―、出発点においてもうその気概をもっている人なのだ。

 著者のアイディアが世に受け入れられたきっかけは「コロッケ型の固形入浴剤ケース」。入浴剤を浴槽に入れるとシュワシュワと泡を出しながら溶けていくが、その泡を活かしたデザインを考えていた(ケースごと湯に入れる)。カニのかたち、ビールジョッキのかたちと試行錯誤ののちにたどり着いたのはコロッケ。泡を吹き出しながら湯に浮いているのが、まるで油で揚げられているように見える。この案(はじめは実体がなく単なる画像だった)をツイッターに投稿したところ、またたくまに10万いいねを突破。

 会社勤めの商業デザイナーとしてなかなかうまくいかない日々だった。それならいっそ、〈友達も少なく、気持ちも不安定だった中学2年生の時の、こだわりが強く、好き嫌いが激しい、自意識過剰でサブカルチャーに傾倒していた、あの頃の自分が面白いと思えるものを作るデザイナーになろう〉。この、欠点を解消しようとせずにそのまま見せていくスタイルが著者の特長だ。壁の傷に貼る絆創膏のかたちのポスター。ハンコを捺す際にズレたりカスレたりすることで面白くなる忍者のゴム印。自分にとことん忠実だからこそ生まれたニッチな案が人に届き、支持される。痛快な読後感だ。

新潮社 週刊新潮
2023年4月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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