妖しさ、淫靡さ。遺作でも読者を翻弄するプロとしての作家の矜持

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妖しさ、淫靡さ。遺作でも読者を翻弄するプロとしての作家の矜持

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 文芸評論家の日下三蔵氏が編集を手がけた久生十蘭の中短篇集『肌色の月 探偵くらぶ』が刊行された。「探偵くらぶ」は文豪のミステリを集めた光文社文庫のシリーズ名で、本作は十蘭の作品集としては『黒い手帳』に続く第二弾となる。

 表題作「肌色の月」は、放送局付のタレントである宇野久美子が部屋を引き払うところから始まる。親族たちを襲った不治の病に自分も罹ったと思い、苦しむ前に伊豆の湖で死のうと考えたのだ。綿密に計画を立て、絵描きを装い伊東で下車。あとは目的を果たすだけだったが思わぬ雨に降られ、久美子は見知らぬ紳士の家で一晩を過ごす。ところがその紳士が失踪して――。

 雑誌連載の最終回を残して十蘭が亡くなったため、夫人が結末を書き加えた一編。苦しみながらの執筆の様子を、巻末に収められた単行本刊行時のあとがきで夫人が明かしているが、読者を翻弄することを心底楽しんでいたに違いないと思わせるプロとしての矜持はこの遺作からも存分に窺える。収録されている他七篇に漂う妖しさ、淫靡さも、紛うかたなく十蘭の持ち味だ。

 十蘭は1920年代の終わりに演劇研究の目的でパリに留学している。1922年に渡仏し、やはり観劇に没頭したのが大衆小説作家として活躍した獅子文六。コーヒーを淹れるのが天才的に上手い中年の女優モエ子と、年下のヒモ男との物語『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫)は、だめんず小説としても女性の生き方小説としても秀逸で、テンポの良いドタバタ喜劇を楽しみつつ、湿りけのないモエ子の気風に惚れ惚れせずにはいられない。

 1920年にフランスで刊行されたコレット『シェリ』(河野万里子訳、光文社古典新訳文庫)は、49歳の元高級娼婦レアが25歳の恋人シェリとの別れを遂行するまでの逡巡を綴った名作。結婚したにもかかわらず家を訪ねてくるシェリに対し、大人のふるまいを貫くレアの覚悟に胸が震える。彼女の目に映るシェリの「最後の姿」を映し出したラスト数行の見事さをぜひ体感して欲しい。

新潮社 週刊新潮
2023年4月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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