『石垣りん詩集』
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女性詩人が勤め人の視点から書いた多くの作品
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「給与」です
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詩人の石垣りんは、高等小学校を卒業後、14歳で日本興業銀行の見習い事務員となった。初任給は18円。1934(昭和9)年のことである。
文学少女だったりんは、当時すでに詩や小説を雑誌に投稿していた。自分で金を稼げば好きなことができると思って就職したが、それは甘かった。
〈私はこのお金で自由が得られると考えたのですが、お金を得るために渡す自由の分量を、知らずにいたのです〉。現代詩文庫の『石垣りん詩集』に収録されたエッセイ「詩を書くことと、生きること」の一節だ。
独身で定年まで働き続けたりんは、勤め人の視点から多くの作品を書いた。たとえば「月給袋」という詩。
〈ちいさな紙袋に/吹けば飛ぶようなトタン屋根がのっていて/台所からはにんじんのしっぽや魚の骨がこぼれ出る。//月給袋は魔法でも手品の封筒でもない/それなのに私のそそぎこんだ月日はどこへいってしまったのか〉
「貧しい町」という詩では、仕事を終えた後に残された自分の時間を〈疲れた 元気のない時間、/熱のさめたてんぷらのような時間。〉としている。勤め人の生活は〈一日のうち最も良い部分、/生きのいい時間〉を売り渡すことで成り立っているという痛切な自覚だ。
石垣りんがこれらの詩を書いてから半世紀以上。月給が封筒に入れて渡されることは、今ではまずないが、暮らしをあがなうために人生そのものを差し出す仕組みは連綿と続いている。