『からだの美』小川洋子著(文芸春秋)

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からだの美

『からだの美』

著者
小川, 洋子, 1962-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163916699
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『からだの美』小川洋子著(文芸春秋)

[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大教授)

一瞬の輝き 捉えた16篇

 「すべてを見抜き、とらえて離さない底知れぬ奥行きを持っている」

 本作で文楽の人形の目について用いられるこの表現は、著者自身にも当てはまるだろう。小川洋子の小説は、しばしば日常の小さな出来事や瞬間に焦点を当て、そこに秘められた哀(かな)しみや美しさを、かけがえのない言葉で読者にそっと差し出す。

 「からだ」をテーマとした16篇(へん)の随筆からなる本作では、スポーツ・芸能各界の立役者たち(の身体の一部)に、その鋭く、暖かい視線が向けられる。

 槍(やり)のような送球で走者を刺す外野手の肩、相手の心の動きさえもとらえてしまう卓球選手の視線、より大きな相手を地面に投げつける際に軸となる力士のふくらはぎなど、鍛え抜かれた「からだ」が極限のパフォーマンスを生み出す瞬間に美を見出(みいだ)す。

 不確かなゴールに向けてボートを漕ぎ続ける選手や、美を表現するために「本来ならありえない体に、閉じ込められている」バレリーナなどは、著者の小説にも出てきそうだ。

 好奇心と喜びに満ちた視線の先にあるのは人間だけではない。背中が白い毛に覆われたゴリラ、地上最大の身体を持つシロナガスクジラ、17種類の声を使い分けるハダカデバネズミなどにも、人間同様に最大の敬意が払われる。

 著者は、九×九の枡(ます)からなる将棋盤に命を吹き込む棋士たちについて、「彼らは自分をアピールするために将棋を指しているのではなく、与えられた駒を使い、無限の宇宙にあらかじめ刻まれた物語を、読み解こうとしている」と書く。

 この姿勢は、著者の創作活動とも通じるものがあるのでは。だからこそ、フィギュアスケートの選手が、その華麗な動きで「自分のためだけに踊ってくれている」と著者を錯覚させるように、小川文学は読者の身体にダイレクトに響き、心をとらえて離さないのだろう。

読売新聞
2023年4月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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