『世界中から人が押し寄せる小さな村』
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イタリア中部の限界集落が<マイナーな文化財>になるまで
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
イタリア中部の標高千メートルを超える山岳地帯に、サント・ステファノ・ディ・セッサニオというとても小さな村がある。日本人にはほとんど知られていないだろうこの村が、近年、世界中の旅行者から注目を浴びているという。
そこは19世紀のまま時が止まったような山村で、もとは過疎化によって廃村の危機にあった。この村に1999年、古いホンダのバイクに乗って現れたのが、本書の主人公であるダニエーレ・キルグレンという風変わりな若者である。
北部のセメント会社の御曹司だった彼は村を見て、その風景をイタリアに残したいと夢想する。そして、父親が残した遺産のほぼ全てを費やして点在する空き家を宿泊施設として修復し、農村などの暮らしや自然を楽しむ「アルベルゴ・ディフーゾ」(分散型の宿)という試みを成功させた。新たな観光の哲学に満ちたそんな彼の試みを、著者は当事者たちへのインタビューを交えながら詳細に描いている。
昔の暮らしのままの穴倉のように薄暗い古民家、敢えて残された暖炉の煤、テレビも冷蔵庫もない部屋……。
山村には人々が美しさや価値に気づかないまま、失われようとしている風景や文化があるものだ。それを〈マイナーな文化財〉と呼ぶダニエーレは、歴史と文化が〈沈殿〉した建築物の細部に価値を見出し、現代に見える形で表現していった。
ときには「煤」を残すために渋る建築家と激論を交わし、観光の持つ新たな側面を提示するその語りと足跡は、とにかくユニークかつ情熱的。彼の集落再生プロジェクトによって新たな経済圏が生み出されていくプロセスは、まるでラディカルな一つの社会運動のようでもあった。イタリアと同様に空き家問題や過疎に直面する日本の地方の課題を、様々な視点から照らし出しもする軽快なノンフィクションだ。