借金返済のスピードが稼ぎのスピードを上回る前に

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21世紀の財政政策

『21世紀の財政政策』

著者
オリヴィエ・ブランシャール [著]/田代毅 [訳]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784296114306
発売日
2023/03/22
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

借金返済のスピードが稼ぎのスピードを上回る前に

[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)

 政府予算が編成されて、国債を発行して財源を調達するたびに、日本のマスコミは「財政再建が遠のく」「将来世代にツケが回る」などと批判してきた。だが、これらは深刻な誤解だ。世界の経済学をリードしてきた著者は、日本はインフレ目標を現状の2%から3%に引き上げて、さらに総需要(経済全体のおカネ)の不足が続く限りは、積極的な財政政策を行うべきだと提言している。そのために国債を発行して、財政赤字が増加しても問題はない。むしろ総需要不足を放置する方が、経済が悪化し、税収が不足することで、財政再建が遠のくのである。

 著者が注目する公式がある。実質金利と経済成長率の大小関係だ。ここでの実質金利は、政府の借金(=国債)につく金利のことだ。いわば借金返済のスピードといえる。経済成長率の方は、日本国民の稼ぎのスピードである。借金返済のスピードの方が、稼ぎのスピードより大きいと、やがて日本の財政は苦しくなる。どこかの時点で大増税・大緊縮が待つだろう。実は、アベノミクスの前までは、実質金利>経済成長率が長く続く、ヤバイ時代だった。いまもコロナ禍などで稼ぎのスピードが落ちている。そのために著者は、財政赤字を恐れずに、積極的な財政政策で経済を回復せよ、と提唱しているのだ。

 もちろん本書で扱っているのは日本だけではない。財政政策の観点から、先進国を中心とした世界経済の動向を包括的に解説している。ここでも先の公式が役立つ。先進国では、高齢化が進展した結果、老後を心配して予備的貯蓄が激増した。そのため借金返済のスピードは、稼ぎのスピードよりも低い。世界金利の低水準がほぼ恒常化すると、著者は予測している。この低い金利を活用してもっと政府は借金をして、将来世代のためにグリーン投資など有益な政策をすべきだ、という。緊縮マインドを薙ぎ払う剣のような著作だ。

新潮社 週刊新潮
2023年4月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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