『父ではありませんが』武田砂鉄著(集英社)
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
当事者の発言には重みがある。その立場になってみなければわからないことは多い。男性のみで構成された女性活躍推進委員会は滑稽だ。そこで、子どもの問題については子育て経験者に、男女格差については女性に聞くしかないと考えがちだ。マイノリティへの意識が高いほど。
しかし、ならば一つの問題はその当事者たちによって、経験の共有から来る共感を元に議論されればよいのか。経験がない者は議論から除かれてよいのか。
著者は父親ではない。とかく神聖化されがちな出産・育児に関して、子どものいる女性・いない女性・子どものいる男性は経験の共同体を作っているが、子どものいない男性は何者でもない。子育て談義になると「あなたにはわからない」との暗黙の前提で気遣われるのがオチだ。他人の人生を想像しにくいのはお互い様であるにもかかわらず。
著者はあくまで「ではない」第三者として語る。経験者の共感に頼った言動だけでは視野が狭くなるからだ。当事者主義を過信して「あなたにはわからない」と人を切り捨てていないか、今こそ問い直す好機である。