『あわのまにまに』吉川トリコ著(KADOKAWA)

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あわのまにまに

『あわのまにまに』

著者
吉川, トリコ, 1977-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041121566
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『あわのまにまに』吉川トリコ著(KADOKAWA)

[レビュアー] 小川哲(作家)

遡って知る家族の真実

 私たちは先入観にとらわれている。その人がどんな人生を歩んできて、どんな考え方をしているのかを理解しようとする前に、服装や髪型を見て、あるいは経歴や国籍を知って、「どうせこういう人だろう」と決めつけてしまう。

 『あわのまにまに』の第一話は、今から数年先の2029年、ある一家の葬式から始まる。語り手である小学生の木綿。二十三歳年上で、同性愛者で血縁のない兄のシオン。喪主なのに何もしようとしないママ。そんなママに怒りを隠しきれない叔母の操。どこかにありそうで、でもどこにもなさそうな一家の祖母が亡くなり、遺(のこ)されたゴミ屋敷の掃除が描かれる。一家と繋(つな)がりの深い人物が登場していくのだが、その経緯は明かされず、小学生の木綿の目を通じて、風変わりな人々だけが描かれていく。

 第二話の舞台は第一話から十年過去の2019年で、第三話は2009年だ。本作は各話で十年ずつ遡っていき、第六話で1979年が描かれて終わるという「逆クロニクル」形式がとられている。第一話に登場した人々の過去や、彼らと一家の関わりが描かれるにつれ、登場人物の奇怪な行動や理解し難い性格の理由が徐々に明らかになっていく。本作を先に読み進めていくと、読者が抱いていた先入観が一枚ずつ綺麗(きれい)に剥がされる。どんな人間にも過去があり、その過去がその人間の現在を形成しているのだ、という当たり前の事実に戦慄(せんりつ)する。

 本作は間の空いた六つの「あわ」を設置するというやり方で、ある一家のファミリーヒストリーを描いたものであるが、その「あわ」の間には十年間という長い時間が横たわっている。また、本作にはさまざまな感情の入り混じった想(おも)いが、「あわ」のように弾(はじ)けていく描写が何度も登場する。他人からは見えないもの。小説には描かれないこと。一面的ではない感情。「まにまに」にこそ、人間の本性が宿っているのだ――本作を読んでそんなことを考えた。

読売新聞
2023年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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