『帝国日本と不戦条約 : 外交官が見た国際法の限界と希望』
- 著者
- 柳原, 正治, 1952-
- 出版社
- NHK出版
- ISBN
- 9784140912768
- 価格
- 1,540円(税込)
書籍情報:openBD
『帝国日本と不戦条約 外交官が見た国際法の限界と希望』柳原正治著(NHKブックス)
[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)
国際秩序と国益 板挟み
1928年に成立した不戦条約は、国際紛争の解決手段として戦争に訴えることを禁じた多国間条約である。明治維新後、日本は欧米列強に肩を並べる「一等国」になるべく、近代国際法を積極的に受容してきた。その日本が原加盟国として署名・批准した不戦条約は、国際連盟と共に第一次世界大戦後の集団安全保障体制の根幹となった。それは国際法秩序構築への参画を目指してきた戦前日本の到達点であったといえよう。しかし、不戦条約は期待された役割を果たせなかった。それは他ならぬ日本が、満洲事変、日中戦争、太平洋戦争と次々と戦争を引き起こしたためである。
本書は、外交官や国際法学者の言説に着目し、日本が不戦条約と戦争との関係をどのように捉えていたのか、さらに不戦条約がなぜ戦争を防げなかったのかを論じている。狂言回しを演じるのは、アジアで初めて常設国際司法裁判所の所長を務めた安達峰一郎である。
今日でこそ戦争違法化の理念が高く評価される不戦条約だが、当時の国際法学者も指摘しているように、自衛権の発動がどこまで認められるのか、地方政権との戦闘行為など「事実上の戦争」が対象に含まれるのかなど曖昧な点が多かった。
日本は、不戦条約違反の誹(そし)りを避けるために事変という名で「事実上の戦争」を拡大し続けた。そして、太平洋戦争が始まると大東亜国際法理論が台頭するようになり、ついには英米が主導する国際法秩序を正面から否定するに至った。こうした国際法秩序から逸脱する日本の姿は、特別軍事作戦と称して侵略戦争を続ける現代ロシアとも重なる。
国際法は万能薬ではない。著者は、不戦条約の理念を過大評価し、現状の至らなさを嘆くようなことはしない。世界平和を模索しながら、国益との相克の中で苦悩した安達の生涯を振り返りつつ、日本と国際社会に平和をもたらすために、現行の国際法に何ができ、どのように改善すべきかを考えねばならないと著者は説く。国際法の発展から近代日本の歩みを概観できる好著である。