<書評>『平和憲法をつくった男 鈴木義男』仁昌寺(にしょうじ)正一 著

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平和憲法をつくった男 鈴木義男

『平和憲法をつくった男 鈴木義男』

著者
仁昌寺正一 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784480017659
発売日
2023/01/18
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『平和憲法をつくった男 鈴木義男』仁昌寺(にしょうじ)正一 著

[レビュアー] 山田朗(明治大教授)

◆「平和」「生存権」着目の原点

 日本国憲法の特徴は? 教科書にも国民主権・平和主義・基本的人権の尊重などと書いてある。教室では先生が、基本的人権には、人間が人間らしく生きるための「生存権」も含まれていると第25条のことを説明してくれるだろう。

 しかし、憲法のもとになったGHQ案にも、それに基づいた政府案にも、「平和」という文言も「生存権」も含まれていなかった。これらは、衆議院に設けられた、政府案を逐条審議した「芦田小委員会」において提案され、盛り込まれたものだ。一九九五年までこの小委員会の議事録は公開されていなかったので、9条の「日本国民は…国際平和を誠実に希求し」という文言や「生存権」の条文が誰の主張によって挿入されたのかほとんど知られていなかった。これらを盛り込むことを主張した人物こそ、社会党の議員であった鈴木義男(一八九四〜一九六三年)である。

 鈴木義男を知る人は少ないだろう。それだからこそ鈴木の生涯を克明に追った本書の意義は大きい。本書は、憲法制定時に鈴木がどうして「平和」や「生存権」などの挿入を主張できたのか、その土台の部分を見事に解明している。

 本書は、日本国憲法制定の場面に至るまでの半生の叙述に本文の約60%を費やしている。キリスト教伝道者であった父、学生時代における恩師、東京帝大時代の吉野作造、彼らから多くを学んだ。第一次大戦後のヨーロッパへの留学で「生存権」を規定したワイマール憲法に注目し、戦跡を巡って平和の尊さを感得した。

 帰国後、東北帝大教授(行政法)に就任するも、軍事教練に反対したことから陰謀めいた不可解な事件によって辞職、弁護士として治安維持法で弾圧された人々を支える日々、そして敗戦。これら前半生の人との出会いと学問研究・弁護体験の大きな蓄積が、「芦田小委員会」の場で生かされた。鈴木は、みずからの学問と体験によって、吉野作造らが築いた「大正デモクラシー」を深化させ、日本国憲法に結実させるという役割を演じたのである。

(筑摩選書・1980円)

1950年生まれ。東北学院大名誉教授・東北経済論、地域経済史。

◆もう1冊

『日本国憲法の誕生 増補改訂版』古関彰一著(岩波現代文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年4月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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