ギャルとギャル男の集団に研究者が「潜入」したら見えてきたこと『若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか』著者に聞く

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若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか

『若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか』

著者
荒井 悠介 [著]
出版社
晃洋書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784771037120
発売日
2023/03/02
価格
7,040円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ギャルとギャル男の集団に研究者が「潜入」したら見えてきたこと  『若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか』著者に聞く

[文] 新潮社


著者の荒井悠介氏は元イベサーのトップ

 テレビなどではしばらく前から「ギャル出身」あるいは「ギャル風」のタレント、芸人の活躍が目立つ。藤田ニコル、池田美優、エルフ荒川等々。「ギャル男」のほうはそこまででもないが、少し前ならオリエンタルラジオの藤森慎吾、最近ではEXITあたりが「ギャル男」の要素を取り入れていると見てもいいだろう。
 そんなギャルやギャル男のライフスタイルや思考を追った一冊……というと、タレント本のように思われるかもしれないが、そうではない。

『若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか 渋谷センター街にたむろする若者たちのエスノグラフィー』(荒井悠介著・晃洋書房)は、ハードカバーで300頁超の大著。博士論文をもとにしている歴とした研究書だ。

 なぜこのようなテーマを選んだのか。どんなことがわかったのか。著者に話を聞いてみた。

渋谷センター街のイベサーに入って「不良文化」を研究

 著者の荒井悠介氏は、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、博士(社会学)。現在は明星大学人文学部人間社会学科で助教を務めている。
 荒井氏は、学生時代に渋谷センター街をメインの活動場所とするイベントサークル(イベサー)に所属し、2003年にはサークルのトップに就任した。彼自身はメンバーでありながらも、ギャルやギャル男を研究対象としても見ていたのだという。ただ、ここでいうギャル、ギャル男はテレビでお馴染みのタレントとは微妙に違うようだ。


荒井悠介氏の近影

「もちろんまったく別の存在ではありませんし、重なるところもあるのですが、私が対象としているのは、あくまでも渋谷センター街にたむろしていたイベサーのギャル、ギャル男です。ギャル・ギャル男とひとくくりにしていますが、彼らはいくつかのファッションを行き来します。ガングロ、ヤマンバ、センターGUYと呼ばれたような狭義のギャル・ギャル男の若者に加え、暴力団や半グレ風のオラオラした格好をした若者や、ホステスやスカウトマンのような水商売風の恰好をした若者などもその中に含んでいます。

 彼らは東京都心の若者で、他の地域のギャル・ギャル男よりも、比較的、学歴があり家庭も裕福な若者が中心でした。そのため、ギャル(タレント)とされる中でも、いわゆる地域のヤンキー層に近い方とは、学歴、家庭の経済状況が異なると思います。

 もっとも、渋谷のイベサーが開催するミスコンテストなどをきっかけに、イベサーOBの作る芸能プロダクションに所属し、モデルやタレントになっていくという流れもありました。2000年代後半以降は、イベサー出身、イベサーOBの芸能プロダクション出身のギャル(タレント)が多く活躍していますから、その意味での接点はあります。

 ただし、本書では、彼らの”不良文化”とはいかなるものか、ということを明らかにしようとしています。不良というと、狭義には暴力団組員のことを指すことがありますが、私は、暴力団の文化ではなく、一般的に社会で認識されているような、いわゆる不良っぽい若者の文化を対象にしています。また、学歴、家庭の経済状況、地域社会、そういった大きな影響を与えるものを除いても残り続ける若者の不良文化を、渋谷センター街の若者不良集団から見ようとしました。

 不良文化については、ヤンキー漫画や映画などの作品でも描かれていますが、私の研究では、現実の不良の若者たちから見られる思考パターンやライフスタイルそのもののことを指します。彼ら独自の価値基準や行動パターンとも言えます。

 もともと、私がこの研究に取り組む目的は、一言で言えば『犯罪抑制』でした。2000年代初頭のイベサー周辺には、明らかに”不良文化”と言うべきものがありました。私が加入した渋谷センター街のグループも、以前は、昔の武闘派チーマー集団のようなものだったと聞いていました。

 当時のセンター街は不良少年少女にとって憧れの空間であり、言い換えれば危ない空間だったわけです。本にも書いた通り、実際に犯罪に手を染めていた者、サークル卒業後も特殊詐欺などに関わっていた者などもいます。

 そして、たしかに不良文化に魅力のようなものがあるのはわかるのです。

 しかし、不良文化的なものに魅せられて、売春や犯罪に関わった同世代の友人と関わる中で、私自身は強い憤りを感じたり、悲しい思いをしたりすることが何度もありました。

 犯罪につながるようなものを認めるわけにはいかない。そうした文化であるならば、残していってはいけないもの、壊さなくてはいけないものだと私は考えていました。だからこそ内部に入って調査したいと考えていました」

 本書に出てくる当事者たちの証言は実に生々しい。荒井氏が外から観察するだけの学者ではなくて、身内だったからこそ打ち明けたことが多いのは間違いない。しかし、メンバーでありながら、不良文化に懐疑的な立ち位置でいることで裏切り者のような扱いを受けなかったのだろうか。まるで正体を隠した潜入捜査官のようではないか――。

「10代の私が調査をしようと思ったきっかけには、ジョセフ・ピストーネという実在するマフィアへの潜入捜査官をモデルにした『フェイク』という映画を見たことがあります。また、『ジョジョの奇妙な冒険』という漫画に出てくる、ギャング団を浄化するためにギャング団に入団するキャラクターを見ていたことなどからも、少なからず影響を受けていると思います。ですので、それらの作品の影響も受けて、潜入するという意識は持っていました。

 もちろん、中に入って完全に品行方正でいることは難しいです。ただし、本当に目的を隠して潜入すると、自分にはどうしても無理なこともしなければならない場面も出てきてしまい、対応しきれません。そのため、私はイベサーに加入するにあたって、当時の幹部や周りの仲間にも、将来は犯罪抑制に関わる仕事をしたいから、そのための勉強をここでさせてほしいのだと正直に伝えていました。

 また、イベサーを引退した後、グレー、ブラックな仕事に関わっている先輩や、現場の後輩達にも研究のために調査させてほしいと伝え、許可を得たうえで話を聞かせてもらいました。ありがたいことに、そういうスタンスでも基本的におおらかに受け入れてもらえていたと思います。

 後で本に書かれたことを怒っている人もいなかったわけではありません。でも、悪い面を書いたからといって文句を言われるとも限らないんです。

 前著(『ギャルとギャル男の文化人類学』)でも、メンバーたちの負の面をきちんと書きました。しかし本を出した後に、『俺の後輩は本を書いたって周りの奴らにも言っている、お前みたいに後輩が活躍してくれているのは誇らしく思える』と言ってくださる方もいました。

 ある先輩からは、『あの頃、俺も悪いことしていると思って悪いことをしてたんだから書いていいんだよ、実際に悪かったと思うし、次の作品ではもっと書いていいよ』と言われたこともあります。『コラ!!』とか、『こいつ俺たちの本当の姿を書きやがった!!(笑)』なんて反応もありました。でも、その後も、多くの方がインタビューに答えて研究に協力してくださったことに感謝しています。

 また、長い間フィールドに入る中、この文化の悪い面だけでなく、良い面も沢山見ました。気高さ、強さ、優しさ、そういった良い面も持った人も沢山いましたので、研究の射程も広がっていきました。

 そして、長い時間を共に過ごす中で、そういう良い面も持ったフィールドの人たちは、とても大切な存在になっていきました。調査に協力してくれた方たちは、研究を抜きにして私にとって大切な人たちです。仲間だから、私のことを慮って大目に見てくださっていたのだと思います。

 だからこそ、長い月日の中で積み重なった、そういった方たちへの気持ちと、当事者としての感情により、葛藤がありました。研究をしていることに加え、どんな気持ちをもって研究をしているのかも隠せなかったと思います。その気持ちを察してくださり、協力し、書いて出版するように励ましてくださった方たちがフィールドにいたからこそ、なんとか研究を続けてこれたのだと思います。

不良たちの経歴を追う

 一口に「ワル」「不良」といっても、それぞれの経歴は多種多様だ。荒井氏は内部に入り込んだがゆえに、その詳細を知ることが出来た。たとえば、本書に登場するTAという人物がいる。こんな素性の男性だという。

「TAは、ウェブサイト作成会社の社長であった。動画の配信、特殊詐欺を行い、現在では指名手配を受け、国内には既にいないと言われている人物である」

 荒井氏は周辺の人物から話を聞いてTAの人生をトレースすることに成功している。――都内の団地で育ち、高校中退後、通信制高校に通っている時に、アルバイト先の知人の紹介から大学生のイベサーに加入。そこでTAは頭角を現していく。その特徴は次のように描写されている。

「サー人(注・サークルメンバーのこと)時代から、暴力も含む徹底したつめ方や、相手が男女いずれでも躊躇なく法や倫理から逸脱した行動をするオラオラさで、イベサー界全体で有名な存在であった。
 TAたちの引退式の際は、多くのイベサーに金を納めさせていた武闘派イベサーも、祝辞とともに金を納めた」

 サークル卒業後、彼は特殊詐欺グループに入り、現場のまとめ役となった。ここで荒稼ぎをしたのと同時期には、ファッション関係の会社のナンバー2にもなっている。しかし、覚醒剤にはまってしまい、いったん詐欺グループの金を持って身を隠す。 しばらくは関西でアルバイト生活を送っていたが、サークル時代の人脈で国会議員の秘書に。そして詐欺グループとも和解が成立して東京に戻る。 このあと、化粧品会社やウェブサイト作成会社を設立する一方で、特殊詐欺や違法動画配信などに手を出すこととなる。

 そして結局、TAは指名手配の身となったわけだが、中にはイベサー時代に培ったコミュニケーション能力や人脈をもとに大金を手にした「成功者」もいる。一時的にグレーゾーンのビジネスに関わりながら、そこで得た資金をもとに一般的なビジネスに移行するというパターンも見られる。

 大人数でのイベントを束ねたり、トラブルの解決に取り組んだりする経験が実社会で役に立つことは容易に想像できる。そうしたスキルがある種の成功につながるのも必然なのかもしれない。

Book Bang編集部
2023年4月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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