『つわものども 誉れの剣I (原題)MEN AT ARMS/士官たちと紳士たち 誉れの剣II (原題)OFFICERS AND GENTLEMEN/無条件降伏 誉れの剣III (原題)UNCONDITIONAL SURRENDER』イーヴリン・ウォー著(白水社)

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • つわものども
  • 士官たちと紳士たち 誉れの剣Ⅱ
  • 無条件降伏

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『つわものども 誉れの剣I (原題)MEN AT ARMS/士官たちと紳士たち 誉れの剣II (原題)OFFICERS AND GENTLEMEN/無条件降伏 誉れの剣III (原題)UNCONDITIONAL SURRENDER』イーヴリン・ウォー著(白水社)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

軍隊の不条理 苦い諦念

 この長篇(ちょうへん)三部作は、英国の作家、イーヴリン・ウォーが第二次世界大戦におけるみずからの従軍経験をもとにして、一九六一年に完成した作品である。だがこのなかで展開される世界は、通常の戦争物語とまったく異なっている。

 主人公ガイ・クラウチバックが、独ソ不可侵条約の報道に接して、軍隊に入ろうと唐突に志願するところから物語が始まる。カトリックの信仰を守る名家で育ったガイにとっては、共産主義者とナチス・ドイツが連合する「武装した<現代>」は、近代の「新しい世界」の堕落の極点を示すものである。二十世紀の政治家や軍の中枢部が用いるパワー・ポリティクスの論理とは、大きく離れている。

 さらにガイの動機は、のちにクロアチアでユダヤ人難民の女性から指摘されるように、無気力な生活から脱し、「名誉」でその穴埋めをしようという、不穏な「死の願望」と結びついていた。しかもたまたま入隊したのは、主に紳士階級の士官が古くからの伝統を誇りにしている歩兵連隊。ガイはそこで仲間を得て、「神の計画」のうちで自分も仕事をできるという喜びに浸ることになる。

 だが、そこから動員される戦争は、厖大(ぼうだい)で複雑な近代軍隊の機構が支配している。将兵は長らく待機させられていたかと思えば、突然に命令が来て、周囲の状況がまったく解(わか)らないまま戦い、傷ついてゆく。部門どうしの反目、スパイの陰謀、さらには大衆宣伝のためのヒーロー探しまでもが、戦場にはうごめいている。

 第三分冊の最終章は「無条件降伏」と題されているが、そこで描かれるのは大戦の終わりではなく、一九五一年のある一日である。「紳士」階級の「つわものども」が生きる世界は、戦争をへて、大衆社会と福祉国家のなかで崩れ去った。そうしたほろ苦い諦念が、小説の冒頭からすでに漂っていることに、三冊を読み終えた瞬間に気づかされるのである。小山太一訳。

読売新聞
2023年4月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク