『ニュースピークからサイバースピークへ ソ連における科学・政治・言語 (原題)From Newspeak to Cyberspeak』スラーヴァ・ゲローヴィチ著(名古屋大学出版会)
レビュー
『ニュースピークからサイバースピークへ』
- 著者
- スラーヴァ・ゲローヴィチ [著]/大黒 岳彦 [訳]/金山 浩司 [解説]
- 出版社
- 名古屋大学出版会
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784815811150
- 発売日
- 2023/02/10
- 価格
- 6,930円(税込)
書籍情報:openBD
『ニュースピークからサイバースピークへ ソ連における科学・政治・言語 (原題)From Newspeak to Cyberspeak』スラーヴァ・ゲローヴィチ著(名古屋大学出版会)
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大講師)
ソ連の科学史 興奮の展開
ソ連の科学史に関する専門書は、宇宙開発や原子力技術を中心に、少なからぬ数が世に出ている。こうした中にあって、本書は、いくつかの点で際立った試みと言えるだろう。
第一に、本書のテーマは、一般にあまり知られていないサイバネティクスという科学思想である。生命のあり方と機械のそれを「制御と通信の関係性」として並列に捉えるというサイバネティクスの思想は西側で発展したが、本書を読むと、ソ連でも同時期に同じような考え方が生まれていたことがわかる。
第二に、ソ連におけるサイバネティクスの萌芽(ほうが)はスターリン体制の末期に当たっていたために、イデオロギーと無縁でいられなかった。
スターリンが文化・芸術から科学に至るまでの言説に干渉したことは広く知られているが、この点はソ連におけるサイバネティクスの父であるアンドレイ・コルモゴロフも例外ではなく、科学とイデオロギーの間で綱渡りを演じなければならなくなった。つまり、曖昧な政治的言語であるニュースピーク(オーウェルの小説『1984』に登場する愚民化のための言語)と、科学的な厳密性を求める科学的言語=サイバースピークの関係性が本書の眼目である。
ただし、本書は、学問に生きる科学者と無理解な政治家、といった単純な構図はとらない。解説を担当した金山浩司が述べるように、スターリン死後にサイバネティクスが市民権を得ると、科学者たちは政治的に弾圧されやすいあらゆる学問分野をサイバネティクスの装いの下に正当化していった。
この結果、ニュースピークに対置される科学的言語であった筈(はず)のサイバースピークは、前者に類似した曖昧な政治的言語になっていったというのが本書の結論である。
科学史という一見地味なテーマでありながら、このアクロバティックな展開には興奮させられた。大黒岳彦による翻訳も読みやすい文体であり、本書を専門書としてだけでなく、読み物としても優れたものとしている。