『アウシュヴィッツを破壊せよ 自ら収容所に潜入した男 上・下 (原題)The Volunteer』ジャック・フェアウェザー著(河出書房新社)

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アウシュヴィッツを破壊せよ 下

『アウシュヴィッツを破壊せよ 下』

著者
ジャック・フェアウェザー [著]/矢羽野 薫 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784309228785
発売日
2023/01/27
価格
3,190円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アウシュヴィッツを破壊せよ 上

『アウシュヴィッツを破壊せよ 上』

著者
ジャック・フェアウェザー [著]/矢羽野 薫 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784309228778
発売日
2023/01/27
価格
3,190円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『アウシュヴィッツを破壊せよ 自ら収容所に潜入した男 上・下 (原題)The Volunteer』ジャック・フェアウェザー著(河出書房新社)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

命がけ 内から暴く使命

 アウシュビッツとは「集団的な失敗の物語」である。多くの人が問題を認識しながら行動に移さなかった。そんな中、自ら志願してナチに逮捕されアウシュビッツに潜入、ホロコーストの実態を世界に伝えようと抗(あらが)った人物がいた。にわかには信じがたい物語を、本書は史料を駆使してノンフィクションでよみがえらせた。

 主人公ヴィトルトは、ポーランドの予備役少尉。ドイツ軍のワルシャワ侵攻が激しさを増す中、秘密のベールに覆われたアウシュビッツへ。世に知られるホロコーストは戦後になって明らかにされたものだが、ヴィトルトはその始まりから一部始終を目撃した。潜入当初はユダヤ人らに強制労働を課す場だった。それが死体の焼却も間に合わぬほどの大虐殺を行う「死の工場」へと変貌(へんぼう)していく生々しい過程が記録にはリアルタイムでつづられる。

 焼却場の建設に動員されたり、病に倒れて「処分」されそうになりながらレジスタンスの地下組織を数百人規模に育てる。「敵の本陣」から文書や食料を盗み出し、逆に病原菌を使ってナチ幹部の殺害も実行。殺人に加担することすら生きのびる条件となる過酷な現場で、自分たちは「獣になった」と記す。書面や口伝えで塀の外へと運び出された命がけの情報は、ロンドンの亡命政府になかなか届かない。情報を入手した英米は自国の反ユダヤ主義に配慮して「政治的に無益」と関与を見送る。その間に数十万の命が灰になった。

 戦後、ヴィトルトは新たな共産主義政権の下で非業の死を遂げる。戦争さえなければ絵画を愛する善き父であったはずの男は、人間が作り出した幾多の地獄を見た。人は、与えられた命をどうまっとうすべきか。彼が遺(のこ)した最後の言葉は普遍的な問いへと収斂(しゅうれん)する。本書が世界中で刊行されていることに納得。アウシュビッツの悲劇は、それを止められなかった「私たち」の問題でもある。矢羽野薫訳。

読売新聞
2023年4月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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