『成瀬は天下を取りにいく』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『悪口と幸せ』
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[本の森 恋愛・青春]『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈/『悪口と幸せ』姫野カオルコ
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
前世は滋賀県民だったのかも。宮島未奈氏『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)を読みながら、そんなことを思った。閉店した西武大津店。ミシガン号クルーズ。江州音頭。滋賀には行ったことがなく、どれも知らないはずなのに、置き忘れていた記憶を取り戻したかのように親しみを感じる。
成瀬あかりは、滋賀県在住の中学生だ。幼稚園の頃から、字も正確に書けて足は速く、絵も歌も上手だった。出来が良すぎるあまり孤立したこともあったが、本人は気にかけるようすもなくやりたいことをマイペースに追求している。そんな成瀬と、成瀬に巻き込まれがちな友人・島崎を中心に周囲の人々の日常が描かれていく。
ダイナミックな出来事などは何も起こらない青春小説だ。ちょっと普通と違うのは、主人公の野望があまりにオリジナリティに溢れているところである。成瀬の夢は「二百歳まで生きる」ことだ。「大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、『あの人すごい』になる」という考え方なのだが、ただのビッグマウスではなく努力を惜しまないところがすごい。「シャボン玉を極めようと思う」と言って地元のローカル番組で披露して人気者になり、「この夏を西武に捧げようと思う」と言って閉店が決まったデパートに通いつめ毎日中継に映り込み、「お笑いの頂点を目指そうと思う」と言って島崎を誘ってM-1グランプリにエントリーし……。そのブレのない有言実行ぶりと侍のようなストイックさは、停滞した空気を突風のように吹き飛ばし、居合わせた人の心を動かす。目標に対してあまりに真っ直ぐなため、行動が怪しげに見えるのも面白く、気がつくと抱えていた厄介な問題を、全部忘れて笑っていた。
青春という時代は、私にとって輝かしいものではない。何かに一生懸命になることもなく、誇りを持って語れることなど何もない時期だった。だけど冴えない日常の中で、誰かからキラキラしたものを受け取ったことも、ささやかだが愉快な発見をしたこともあった。それをうっかり忘れていた。思い出させてくれて、ありがとう、成瀬。いつかまた、大津にデパートができたら、きっと会いにいくよ!
姫野カオルコ氏『悪口と幸せ』(光文社)は、四編の小説が収められた連作短編集だ。前の作品の登場人物に少し関わりのある人物に物語はバトンタッチされ、同時に時代も移る。主人公の人物像はいろいろだが、気がつくと誰もが容姿の問題に翻弄されている。実在しないはずなのにくっきりとイメージのできる雑誌やどこかで聞いたことのあるようなゴシップが登場し、心がざわつく。有名人の見た目を揶揄し、醜聞に好奇心を全開にし、自らの顔のデカさに怯えて写真を撮る時には一歩下がってしまう私の滑稽な姿を、著者はどこかから見ているのではないか。どんどん居心地が悪くなるのに、強烈に心をつかまれる小説だ。