『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』
書籍情報:openBD
<書評>『腿(もも)太郎伝説(人呼んで、腿伝)』深堀骨(ふかぼりほね) 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆笑止と狂気の奇想復讐譚
いい意味で奇をてらいっぱなしの作家が深堀骨だ。今「っぱなし」と書いたが、著作は少ない。最新作の本作が二作目だ。デビュー作『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』が出たのが二〇〇三年。その作風を熱烈に愛する奇想小説ファンの首が、使用済みのパンストほどにも伸びきった二十年を経て、深堀骨の真価が問われるのがこの通称『腿伝』なのだ。
真価ならぬ進化としては、まず長い。連作短編集だったデビュー作とは違って、長編小説だ。主人公は、川から流れてきた女性の腿から生まれた腿太郎。尋常ならざる巨根の持ち主として成長した腿太郎は、産みの親を殺し、バラバラにした者に復讐(ふくしゅう)することを決意し、育ての親GさんとBURさんの元を出る。
最初に行き着いた山の(SMの)女王様のところで風呂屋「湯気湯」の主である湯気太郎博士と遭遇。腿太郎が抱えている腿を見て<あいつが持ってんのは、百恵の腿だ>と看破した博士は、腿太郎を監視するためか、三十三代目三助として雇うことにするのだが…。
読者には早々に、腿太郎の母親・百恵をさらい、陵辱し、殺害し、バラバラにしたのが、博士をはじめとするコミュニティの権力者たちだということは明かされる。百恵が何者かも、わりあい早々に判明する。しかし腿太郎は知らない。知らせないまま、作者は大勢の奇人変人たち、だけでなく言葉を話す犬と出会わせ、昭和の流行歌やCMソング、スター、ギャグのパロディを効かせた、一見復讐譚(たん)とは関係のないエピソードを連発。でも、それらの笑止の沙汰にもほどがある事どもが、狂気の沙汰にもほどがある終盤に向かって一気呵成(かせい)になだれこみ、マーベルの映画『アベンジャーズ』もかくやの物語に仕上がっていくのだ。信じられないかもしれませんが。
ちなみに深堀骨は稀代の能年玲奈(のん)ファンとしても有名で、二百七十五ページ以降に垣間見える溺愛ぶりも楽しみに、このバカバカしさの真価と進化しかない素敵(すてき)滅法界小説を読んでみてください。
(左右社・2090円)
1966年生まれ。小説家。『ミステリマガジン』などで中短編を発表。
◆もう1冊
『変愛小説集 日本作家編』岸本佐知子編(講談社)。「変な愛」を描いた12編。深堀作品も。