<書評>『どんがら トヨタエンジニアの反骨』清武英利 著

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どんがら : トヨタエンジニアの反骨

『どんがら : トヨタエンジニアの反骨』

著者
清武, 英利
出版社
講談社
ISBN
9784065311578
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『どんがら トヨタエンジニアの反骨』清武英利 著

[レビュアー] 江上剛(作家)

◆日本製造業の「しんがり」

 トヨタは日本の製造業を一社で支えているような会社である。突如、豊田章男氏が会長に退いたことが世間に衝撃を与えた。その際、章男氏は自らを「古い人間」「クルマ屋」と称し、新社長に車の未来を託したのだが、そのことは、私に日本のモノづくりの危機感をより強く意識させた。

 本書は、「日常的に役に立たない」スポーツカー復活に懸命に取り組むトヨタの技術者たちの物語である。主人公の多田哲哉は、車作りの現場に全責任を持つチーフエンジニアだが、「一日でも早く、一円でも安く車を作れ」という売れる車作り偏重の風潮にうんざりしていた。ある日、彼にスポーツカーを作れという特命が下る。若者の車離れを防ぐためと新社長候補の豊田氏が、スポーツカーを復活させたいと考えていたからだ。「よし、この車だけは好き勝手に作るぞ」と彼は決意する。チームを組織し、かつて大ヒットしたスポーツカー「ハチロク」の復活を目指す。

 果たして車好きをわくわくさせるような車が作れるのか。本書には、スポーツカーを世に出すまでの彼の苦労が詳細に描かれているのだが、驚いたのはトヨタの古い体質だ。「俺は聞いとらん」とごねたり、俺の意見を聞かないのかと怒鳴ったりする役員の壁が立ちはだかる。しかし彼は、部下たちや「ひどく困ったことがあると、だれもが敬遠する人物の懐に自分から飛び込んだり」する性(さが)に助けられ、壁を乗り越え「ハチロク」と「スープラ」という二つのスポーツカーを世に出す幸せなチーフエンジニアとしての会社人生を終える。

 しかし彼の後任はいない。トヨタは、もはや「本物の車作り」をした人を必要としない会社になったのだろうか。著者には『しんがり』という破綻した山一證券の最後を看取(みと)った人々を描いた名作があるが、本書はスポーツカーというエンジン車を愛し、生活の全てを賭けた男とその家族への鎮魂歌(レクイエム)に思えてしかたがない。彼らは、日本のモノづくりの「しんがり」を担ったのだ。「モノづくりニッポン」は何処(どこ)へ向かうのだろうか。

(講談社・1980円)

1950年生まれ。ノンフィクション作家。『サラリーマン球団社長』など。

◆もう1冊

『しんがり 山一證券最後の12人』清武英利著(講談社文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年4月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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