『電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』伊藤聡著(平凡社)

レビュー

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『電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』伊藤聡著(平凡社)

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

美肌へ 50代男性の冒険

 著者は五十代男性。テレワークに伴う長期の不摂生の後、電車の窓に映った自分が亡き父に見えたことに驚愕(きょうがく)し、スキンケアを開始したという。私は女性だが、著者と同年代で、しかも最近自分が亡父に似てきたと感じていたので親近感を持って読み始めた。

 内容は、アリス・イン・ワンダーランド風に言えば「おじさん・イン・スキンケアランド」である。美容という未知の領域における冒険の日々が軽妙かつ真摯(しんし)な筆致で綴(つづ)られており、「男性視点ではこう見えるのか!」といちいち感心する。

 たとえば、薬局で化粧水の探し方が分からず戸惑う著者は、化粧品が製品のタイプごとではなくメーカーごとに陳列されていることに気づき、「書店の文庫本の配置と近い」と感じる。また、スキンケア製品のラインナップについては、ギターのエフェクターとの類似性を見いだす。使う順番と組み合わせに対するこだわりに加え、「オールインワン」があるところまで共通しているという。こんな発見ができるのは、世の中広しといえども著者だけではないだろうか。

 著者は、美容に対して感じる「恥ずかしさ」の要因についても考察する。私が面白いと思ったのは、「男性である自分は“見る側”であるという思い込みがあり、“見られる側”になろうとすると周囲の男性から非難される気がする」という洞察だ。目からウロコが落ちると同時に、女性である自分も、肌の手入れをすることについて「他人に媚(こ)びている気がする」とか「いい年をしてまだ見た目を気にしているのか」といった抵抗感を持っていることに気がついた。そんな荒(すさ)んだ心も、スキンケアをするのは「昨日の自分より少しよくなれるから」と言う著者によって少しずつ解きほぐされていく。

 とにかく文章が面白いので、スキンケアへの興味のあるなしにかかわらず、万人が読んだらいいと思う。男性はもちろん、私のようにスキンケアを手抜きしてきた女性にもお勧めである。

読売新聞
2023年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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