『花ざかりを待たず』
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春に分かる
[レビュアー] 乾ルカ(作家)
もう半世紀以上生きているが、この歳になっても驚きや発見がある。
五年前の二月半ば、東京に行ったのだが、屋外に花が咲いていてびっくりした。梅、椿(つばき)、菜の花、ビオラ、パンジー。北海道に生まれ今も北海道で暮らす私にとって、冬の時期に外で花を見ることは、まずない。
近場で花が咲き始めるのは、早くても三月の末だろうか。
若い頃はこういった春先の花を、あまり気に留めなかった気がする。時期がくれば当たり前に咲くもので、そこに風情を感じることも何かを思うこともなかった。親世代の人たちが「どこそこで何が咲いていた」「あそこでは何が咲きそう」などと嬉しそうに話すのを、どうでもいいこととして聞き流していた。
今なら何となく、彼らのその嬉しさが分かる。暗くて寒い長い冬が終わった、という単純な安堵(あんど)だけではきっとない。もっと根源的な、過酷な冬を今年も生き延びられたという、いきものの喜びを彼らは語っていたのだ。来年はこの喜びを味わえないかもしれないというほのかな予感とともに。そんなことも分からないくらい、私は若かった。
歳をとってようやく実感できることというのは、あるのだな。だったらこの先も、明日死ぬその時でも、初めて分かることがあるのかもしれない。
毎日毎日、死が刻々と近づいていると実感する。私の大事な人は次の春まで生きられるだろうか、という他人事(ひとごと)の考えが、次に花が咲く頃に自分は生きているだろうかと、自分に照らして考えるようになった。
私も、死ぬにはまだ早いと言われる年齢かもしれないが、それでも、いつ死んでもおかしくない年齢ではある。
そんなわけで今年一月、日本尊厳死協会の会員になった。少しずつでも死の準備をすると、不思議に心は安らぐ。これも最近知ったことの一つだ。