『灰色の家』
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灰色の世界に生きる
[レビュアー] 深木章子(作家)
人間は生きているかぎり確実に日々老いていきます。そして言うまでもなく、その先に待ち受けているものは死―。けれど、死はいつ訪れるものか誰にも予測はできません。
心身ともに生きる活力に溢(あふ)れている白の世界と、もはや光も影もない黒の世界との間には、老後という灰色の世界が立ちはだかっていますが、そこをどう過ごすかはまさに百人百様。老後の生き様を見れば、その人の人生が見えると言っても過言ではないでしょう。
とはいえ、本人も周囲も満足する幸せな老後を全うできる例は決して多くありません。誰でも歳を取ると、見た目以上に心身の衰えが激しく、思わぬ疾病やアクシデントに見舞われることがあるからです。
かく言う私も、ほんの数ヵ月前までは、百歳近い実母と同居していながら、元気いっぱいで家中をスタスタと歩き回っていた彼女が、突如要介護4の状態に陥ることなど、まったく想像もしていませんでした。
母が激変した直接の原因は自室で転んで大腿骨骨折をしたことにありましたが、この事故を境に急速に衰弱した母は、一ヵ月以上にわたる入院治療を経て、介護付有料老人ホームに転居。補助器具を使えばなんとか歩けるようにはなったものの、認知症の進行が著しく、もはや自宅に戻ることは叶わない病状になっていました。
それでも家に帰りたい一心の母は、どれほど手厚い介護を受けてもホームでの生活に満足することはありません。
その意味で、『灰色の家』はあくまでもミステリー小説ではありますが、私が過去に仕事上、あるいは自分の周囲で見聞した多くの事例の集積であると同時に、作者自身の懊悩(おうのう)や逡巡の軌跡でもあります。
この作品を機に、読者の皆様にも高齢者と高齢者施設の実態を知っていただければ、これほど満足なことはありません。