「この作品の頼朝のゲスっぷりはすごい」歴史学者が面白い解釈と笑う 平家物語を題材にした小説『茜唄』の読みどころ

対談・鼎談

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茜唄(上)

『茜唄(上)』

著者
今村 翔吾 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414395
発売日
2023/03/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

茜唄(下)

『茜唄(下)』

著者
今村 翔吾 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414401
発売日
2023/03/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今村翔吾の世界

[文] 角川春樹事務所


今村翔吾

 源平最後の戦いである壇ノ浦に散り敗者の汚名をかぶることになった平家だが、彼らは本当に敗者だったのか?

「シン・平家物語」の誕生と編集者が太鼓判を押す、直木賞作家・今村翔吾による小説『茜唄』が刊行された。

『平家物語』を題材に平家一門の興亡を描いた本作について、作者の今村さんと歴史学者の本郷和人さんが、語り継がれる平家物語や独自の解釈で紡いだ小説の魅力に迫る。

 ***

■新たなる平家物語の誕生!

――『茜唄』は『平家物語』を題材としつつ、今村さんならではの解釈で紡いだ新たな平家の物語になっています。その独自性に、今村ワールドの更なる進化も感じているのですが、この古典の名作に挑まれたのはなぜか。そこからお聞かせください。

今村翔吾(以下、今村) 僕なりに『平家物語』に対して思うところがありました。これ、不思議な物語だと思うんです。多くの人の手によって脚色され、肉付けされていったものを僕らは今、目にしていると思うんですが、その最初の物語を誰が書いたのかはっきりしない。ロマンを感じるんですよね。それで今回の作品にも、作者は誰なんだろうと思ってもらえるような仕掛けをしているんですけど。

本郷和人(以下、本郷) 冒頭から引き付ける形になっていましたね。実際の作者に関しては、国文学では信濃前司行長で動いていないですね。日本史の研究者としては、そこはお任せしているという感じで。『平家物語』は歴史資料としても大変素晴らしいものですが、伝承による物語という性質上、僕らは鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』に重きを置かざるを得ないところがあります。

今村 『平家物語』は大衆のものだったのかもしれないですね。一方で、僕たちが戦国時代のヒーローとして見ている人物が憧れた世代が、この平家だったのかもしれないという思いもありました。例えば、織田信長は「敦盛」を好んで舞ったと言われていますが、この幸若舞は『平家物語』の一場面から取られたものですよね。ということは、戦国武将に影響を与えるようなものが源平合戦にあるんじゃないかなと。

本郷 僕も源平に関しては『平家物語』から得るものが大きい。子どもの頃、夢中になって読んだのを覚えていますし、国文学者の長野甞一さんの著作にも感銘を受けました。ただこの題材は、作家さんは書きたがらないだろうと思っていたんです。

今村 実はこれ、京都新聞などで二〇二〇年から連載していたものなんですが、書き始める前は源平合戦は地味だし、人気もないからやめたほうがいいと言われたんですよ。

本郷 大河ドラマ「平清盛」の視聴率も散々でした。僕はこのドラマの時代考証をさせていただいたのですが、当時見てくださった方から「登場人物がみんな平〇盛で、区別がつかない」と言われましたよ。

今村 面白かったけどなぁ。でも、わかる気はします。この作品にも重盛、忠盛、経盛、頼盛と出てくる人みんな盛ばっかりで(笑)。

本郷 だから、普通は避けるんです。でも、今村先生は見事に書き分けられていた。キャラクターとして立たせるだけでなく、それぞれの人間関係もさりげない描写で伝えている。主人公の平知盛だって、ほとんど知られていないだろうに、とてもうまく書かれていますよね。

今村 正直、苦労しました。この作品の知盛像はザクッとし過ぎていると研究者の方は思われるかもしれない。それは承知なんです。でも、説明ばかりになると物語から読者が離れてしまう。そのバランスが難しくて。

――主人公としての魅力をどんなところに感じていたのでしょう?

今村 彼は側室を持たず、結婚したのも幼馴染みたいな女性で。現代的だなと思ったのがまず一つ。それと、武将としての存在感です。源義経の活躍によって知盛は敗戦の将という位置づけになっていくんだけど、どの戦いでもけっこういい線いってるなと思うんですね。武将としての強さは、これまであまり触れられてこなかったように感じたので、しっかり描いてみたいという思いがありました。

本郷 木下順二さんが書かれた『子午線の祀り』は知盛が主人公ですよね。一ノ谷から壇ノ浦に至る戦いを描いた素晴らしい戯曲で、それもあって、平家の中で戦闘的な武将といえば僕は知盛だと思っています。その知盛が今村さんによって磨かれ、主人公度がどんどん上がっていく。だから、いい作品だなと思って。しかも、愚鈍だとか卑怯者だとか言われている宗盛すら救ってくれている(笑)。

今村 もともと平家贔屓だったというのもあります(笑)。その分、平家に対して同情的にも見える部分があるとは思うんですけど、僕がこの時代を書こうと思ったとき、源氏側の視点に立つという考えはなかった。それだけに、平家や源平合戦に馴染みのない人たちにどう読まれるのか。楽しみではあるんですが……。

本郷 でも、「鎌倉殿の13人」があったから。

――まさに、この作品は「鎌倉殿の13人」へと続く物語ですよね。

本郷 本の帯、決まりましたね。「鎌倉殿の13人」はここから始まった。いや、本当に感服しました。僕の初めての今村体験というのは『八本目の槍』でしたが、こんな石田三成像があるのかと度肝を抜かれたんです。抜群のストーリーテラーが登場したなと思って。

今村 書評でも取り上げてくださいましたよね。ありがとうございました。

本郷 今回もまたまたびっくりですよ。何に驚いたかって……。歴史学者の山内昌之先生が楚漢戦争に言及されたことがあるんですね。あれは項羽と劉邦の戦いと考えられているけど、第三の勢力があって、実は北方の騎馬民族・匈奴と三つ巴の戦いなんだと。ハッとしました。イスラムの専門ではあるけれど、歴史の大家は目の付け所が違うと感心した。で、これでしょう。やっぱり今村先生は源平の戦いもそんな簡単な内容にするわけないよなぁと。これ以上はやめておきます、読者の興を削いでしまうから(笑)。

今村 物語なんで、いろいろ想像させてもらっています。『三国志』も正史と演義があり、様々な物語が派生したように、僕が書いたこの物語もそうしたものの一つでいいと思っています。とはいえ、数ある中でも固定化されているのが義経の八艘飛びやないかと。なぜそんな動きができたのか。僕なりに思いついたことがあったので、そこは変えたいなと。このシーンを書くために物語を作ったと言うと少し大袈裟ですけど、そういう気持ちもあったのは確かです。

本郷 鵯越も見事に今村流になっていますね。凡庸な書き手だと、実は鵯越はありませんでしたという方向に行ってしまうんです。それをちゃんと生かしつつも、また別の解釈で仕立てあげている。八艘飛びもそう来るかと。すげぇなと思いながら読んでいました。それと、京都(朝廷)からの視点というのがよく見えたような気がしています。目線を変えると、源平合戦がまた違う様相を見せて面白い。

今村 今回は『平家物語』のハイライトともいえる源平合戦を中心に、しかも、平家が窮地に陥っているところから始めています。というのも、『平家物語』は争いの時代を描いているにもかかわらず、根底には美しさがあると思うからなんです。それは平家の美しさでもあって、危機に直面するほどに結束していく。凋落と相反して高まっていく一族としての美しさは描きたかった。ただそれも、始まりの姿に戻ったに過ぎないと思います。隆盛のときも滅びのときも平家は一致団結しているんですよね。

本郷 まったく同感ですね。大河ドラマの時代考証の際、脚本家の藤本有紀さんに平家の特徴は何かと聞かれ、「一蓮托生」という言葉を僕は使ったんですが、それをセリフとして採用してくださった。共にあるというのが平家だと僕も思います。

■一つの家族である平家


本郷和人

今村 今回は平家を一つの家族と捉えたんですが、その家族を大切にする姿も現代っぽいなと思います。

本郷 そこが源氏とぜんぜん違うところですよ。彼らは身内で殺し合うわけだから。それにしても、この作品の頼朝のゲスっぷりはすごいですね(笑)。平家に関連する物語を書こうとするとき、義経下げ、頼朝上げというのが全体的な流れとしてあるのですが、今村さんはその反対を行かれた。

今村 小説は誰を視点にするかで登場人物の上げ下げなんていくらでも書きようがあるんですが。平家贔屓と言ったけど、僕は昔から頼朝があんまり好かんかったですねぇ(笑)。

本郷 政治家としては優秀だったと言っておきます(笑)。その頼朝を清盛が助けたことにすべては起因するわけだけど、なぜ助けたのか。また、目の届く四国などではなく、伊豆に流したのはどうしてなんだろうと思っていましたが、この本で示してくれた解釈を読むとなるほどなぁと。

今村 僕もそこは謎だったんです。でも、清盛という人は迂闊なミスをするタイプでもなさそうなので何か意図があったんじゃないかと思い、僕なりの考えを提示させてもらいました。

本郷 歴史研究者としては、当時、関東というのはド田舎で、その関東の入口である伊豆に流すことで、清盛にしてみれば、頼朝をゴミ箱にポイっと捨てたようなものだったと答えています。でも、それよりも遥かに面白い解釈がここには書いてある。見事だなと思います。

――専門家の立場から、解釈が大胆すぎると思われたりはしませんか?

本郷 あり得ないと片づける研究者は多いでしょうね。歴史の研究に発想力や想像力は要らないと言われていますから。でも僕はそこが面白いんだと。それこそが研究の本質でもあると思っています。だから、今村先生のような面白いアイデアを出してくださるというのは本当に素晴らしいことなんです。今回は平家の愛を語るだけでなく、奇想天外な国家観まで描かれている。そういうところに目を向けて研究者も勉強せいと言いたいわけですよ。

今村 誰かの興味を引き、原典や研究書を手に取るなどのアプローチに繋がるのだとしたら本当に嬉しいです。

本郷 そういうきっかけとなる小説は、今村先生じゃないとできないとすら僕は思っています。

今村 歴史小説家になって思ったのは、この題材は人気がないからと書くのを諦めるようなことはしたくないなと。題材がどうとかではなく、大前提となるのは、何を書いても読んでもらえるだけの実力が僕に必要だということです。だから、自分のやりたいものをやれるような環境を整えて、本当に書きたい物語を書いていきたいと思っています。そういう意味では、『茜唄』はやりたいことをやらせてもらえました。

本郷 なるほど。面白いわけですね。

【著者紹介】
今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』から始まったシリーズが大人気になる。2018年「童神」で第10回角川春樹小説賞を、選考委員の満場一致で受賞。『童の神』と改題の上刊行されて、第160回直木賞候補に。『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞を受賞。2020年『じんかん』で第163回直木賞候補となり、同年第11回山田風太郎賞を受賞。2022年『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞。ほかの著書に『くらまし屋稼業』『幸村を討て』『イクサガミ 天』などがある。

【聞き手紹介】
本郷和人(ほんごう・かずと)
1960年東京都生まれ。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し、日本中世史を学ぶ。NHK大河ドラマ「平清盛」を始めとしたドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。著書に『日本史のツボ』『戦いの日本史』『戦国武将の明暗』『天皇はなぜ生き残ったか』などがある。

構成=石井美由貴 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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