『クィアする現代日本文学 ケア・動物・語り』武内佳代著(青弓社)

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クィアする現代日本文学

『クィアする現代日本文学』

著者
武内 佳代 [著]
出版社
青弓社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784787292711
発売日
2023/01/27
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

『クィアする現代日本文学 ケア・動物・語り』武内佳代著(青弓社)

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

異性愛に抗う欲望 探る

 本書は現代日本文学の「クィア批評」の実践として差し出されている。「クィア批評」とは、物語に「既存の性別二分法的なジェンダー・アイデンティティや、同性愛/異性愛という二元論的なセクシュアリティを超え出た」「クィアな欲望を積極的に読み取っていこうという姿勢」で行われる読解である。この視角から、本書は金井美恵子、村上春樹、田辺聖子、松浦理英子、多和田葉子の作品を果敢に読み直してゆく。いずれも刺激的だが、ここでは、7章のうち3章が割かれている村上作品のうち、もっとも著名な『ノルウェイの森』の読解を取り上げよう。

 村上は新作が出るたびにニュースになる作家だが、フェミニズムの観点からはあまり評判が芳しいとは言えない。男性の語り手が女性を喪失した経験を語るという構造が男性中心的な異性愛規範の反映に見えるためだろう。本書でも、『ノルウェイの森』において「僕」が友人キズキとのホモソーシャルな関係のうえで直子に愛を注いだことへの批判が紹介されている。

 しかし著者は直子、そして彼女が療養所で出会うレイコさんの語りに着目することで、彼女たちの「クィアな欲望」を掬(すく)い出す。まず、直子が死んだ姉への抗(あらが)いがたい欲望をもっており、その亡霊を「生ける死者」として抱き続けたこと、そして姉との関係の再演のようにキズキと、またレイコさんと絆を結んだことが指摘される。そのうえで興味深いのは、著者が、レイコさんに虚言症を見て取り、レイコさんが自殺した直子について「僕」に報告する語りのうちに、レズビアン的欲望によって直子と永遠の絆を結ぶための「騙(かた)り」を読み込む点である。かくして、たとえ「僕」は気づいていなかったとしても、作品内には異性愛規範に抗う「クィアな愛のかたち」が描かれていたことが示される。

 中学の頃から村上春樹を読みながら覚えていた感覚を探り当てられたように感じた。村上のすべての読者に知ってほしい側面である。

読売新聞
2023年5月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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