『地霊を訪ねる』猪木武徳著(筑摩書房)
[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)
学校の教科書で農業や工業はよく取り上げられるが、それ以外の産業、特に地下資源を採掘する鉱業が日本社会にもたらした影響はあまり知られていない。本書は経済学の碩学(せきがく)の著者が日本各地の鉱山跡を訪れ、その土地に沁(し)み込んだ人々の歴史や思想(地霊)に目を向けた紀行文集である。
金銀銅や鉄鉱石、石炭などを産出する鉱山は大名、幕府、企業そして国家の欲望の対象となり、そこには多くの人々が集まった。鉱山のもたらす富は文化や思想、新たな事業を生むが、過酷な労働や鉱毒被害は悲劇も生んだ。日本経済史の光と影とともに、鉱山近くの史跡や温泉についても取り上げられており、幅広い知識に裏付けられた味わい深い旅行記である。何よりも、その土地の有名・無名の人々に向けられる温かいまなざしが印象的である。
多くの鉱山が操業を停止した現在、観光客を集める佐渡金山や石見銀山など一部を除き、鉱山がそこにあったことや、そこで暮らした人々の営みの記憶も失われつつある。本書を手に、大都市や農村とは異なる「もう一つの日本」の姿を探しにいくのも面白いだろう。