『芝居のある風景』
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<書評>『芝居のある風景』矢野誠一 著
[レビュアー] 長谷部浩(演劇評論家)
◆日々の営みと舞台の思い出
演劇評論それ自体が、芸能となって読者を愉(たの)しませる。口で言うのはたやすいが、そのむずかしさはよくわかる。
戦前、戦時の暮らしを知る矢野は、かつて観(み)た舞台にまつわる思い出を、昭和の風俗とともに活写する。大言壮語や説教教訓、大嫌い。酒場やキャバレーや競馬場やストリップ劇場やデパートが顔を出し、日々のいとなみの大切さが綴(つづ)られる。劇場や寄席はその地続きにあるから、悪所通いはやめられない。
市民のための鑑賞団体、都民劇場の月報のために書かれた短文を集めた。気の向くままと思わせながら、実は巧みに仕組まれた芸である。芸能に優劣などはない。森光子の「放浪記」や伊藤一葉の奇術や中村伸郎の「授業」がいかに、お客をもてなしたかを活写する。かとおもうと文末は、直近、都民劇場が取り上げる舞台に、ひらりと着地する。
軽みのある「オチ」や「サゲ」を見せ、力まない。ひとときの気散じの大切さをよく知る矢野が、澄み切った芸境を見せた。
(白水社・2640円)
1935年生まれ。芸能評論家。『昭和も遠くなりにけり』。
◆もう1冊
『こんな舞台を観てきた 扇田(せんだ)昭彦の日本現代演劇五○年史』扇田昭彦著(河出書房新社)