金は「権力」で貧乏は「暴力」…貧しさに翻弄される少女を圧倒的なリアリティで描く

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黄色い家

『黄色い家』

著者
川上未映子 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120056284
発売日
2023/02/20
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

圧倒的な速度感とリアリティ 貧乏の暴力性に翻弄される少女

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

「金の切れ目が縁の切れ目」は半分正しく半分間違っている。金に拠らない関係はある(と信じたい)が、金のあるところには必ず関係も生じる。それ自体に何の使用価値もない金は、他の人間との関係の中ではじめて価値を生むものだからだ。だが、この金がもたらす関係から自由であるためには、まず自分がある程度金を持っていなければならない。「金は権力で、貧乏は暴力」と本書が言うのはそういうことだ。

 貧しい家庭に生まれ、学校でも蔑まれて育った花は、そこからなんとか脱出しようとしてあがく。一度はファミレスのアルバイトで必死に貯めた金を母親の元愛人に持ち逃げされ一切のやる気をなくしたが、母の知人から誘われ、家を出て一緒にスナック経営をはじめる。十七歳のときだ。ここから圧倒的な速度とリアリティをもって物語は進む。

 やがてスナックには花と同年代でそれぞれに事情を抱えた女性二人が加わり、一軒家での四人暮らしがはじまる。おそらくこの頃が花にとって人生で最も幸せな時期だったろう。スナック経営はそこそこうまくいき、再び貯金もできた。

 しかし金は再び母に奪われ、店も不慮の事故で営業ができなくなる。貧乏の暴力性はそれほどやすやすと花を逃しはしない。進退窮まった花はやむなく犯罪に手を染めてゆく。それは四人の生活を守るためだ。

 だから、次第にその犯罪がどれほどエスカレートしようとも、花は決して罪深くはない。法律上の犯罪(crime)と倫理的な罪(sin)とは違う。落ち度があるとすれば、犯罪を重ねて手にした大金をもって他の三人を庇護しようとして、しかし相手から見ればそれが支配としか思えなかったそのやり方のまずさだけだ。

 ただ、それも花の罪というより、金の持つ権力性のゆえではないか。その力に翻弄された末の数十年後の寂しい結末は、実はようやく掴んだ幸せな関係にも見える。

新潮社 週刊新潮
2023年5月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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