禁断の一手を打ってしまった小説家 ページをめくるたびに底なし沼へ!

レビュー

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盗作小説

『盗作小説』

著者
Korelitz, Jean Hanff, 1961-鈴木, 恵, 1959-
出版社
早川書房
ISBN
9784150019891
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

禁断の一手を打ってしまった小説家 ページをめくるたびに底なし沼へ!

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 悪魔と契約すれば地獄に落ちる。

 小説の小説、作家の小説を好む方は多いと思う。そういう向きはぜひジーン・ハンフ・コレリッツ『盗作小説』をお試しあれ。題名通りの内容で、禁断の一手を打ってしまった小説家が主人公の物語である。

 ジェイコブ・フィンチ・ボナーはデビュー作で注目されながら第二作で失敗し、今は小説創作講座で教えながら暮らしている。ある日彼は、エヴァン・パーカーという受講生と出会った。個別の面談でジェイコブは、彼が執筆中だという作品のプロットを聞かされる。それは「どんなにへたくそな作家でも台なしにできない」素晴らしいものだった。

 数年後、ジェイコブはエヴァンが小説を書き上げずに死んだことを知る。誘惑に負け、彼はあのプロットを使って小説を書いてしまう。その作品『クリブ』は瞬く間にベストセラーとなり、ジェイコブは一躍人気作家の仲間入りを果たした。だが幸せの絶頂の最中、彼に一通のメッセージが届く。そこには「おまえは盗人だ」と書かれていた。

 告発者の出現に恐怖するジェイコブがその正体を知ろうとするのが後半の展開となる。彼が少しずつ真相に近づいていく過程は非常に緊密に描かれており、私立探偵が痕跡を辿って行方不明者を捜す物語を思わせる。無事に相手を見つけ出すことができるのか、それとも破滅してしまうのか、という興味は否が応にも緊迫感を掻き立てる。

 何より興味を引くのは、エヴァンのプロットとはどういうものかということだ。何しろ、どんな基本的なプロットにも似ていないというのだから知りたくなるではないか。作中作として『クリブ』が断片的に紹介されるので、読者はその奇跡のプロットを知ることができる。全体が物語論、作家論にもなっている作品で、ページをめくるたびに底無し沼に踏み込んでいくような感覚がある。ずぶずぶとはまるのだ。

新潮社 週刊新潮
2023年5月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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