『ラザルス 世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ (原題)THE LAZARUS HEIST』ジェフ・ホワイト著(草思社)

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ラザルス

『ラザルス』

著者
ジェフ・ホワイト [著]/秋山 勝 [訳]
出版社
草思社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784794226273
発売日
2023/03/01
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ラザルス 世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ (原題)THE LAZARUS HEIST』ジェフ・ホワイト著(草思社)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

外貨獲得へサイバー攻撃

 核・ミサイル能力の向上ばかりが注目される北朝鮮であるが、実はコンピューター・ハッキングでも世界有数の技術を有していることはあまり知られていない。英国放送協会(BBC)のポッドキャストを書籍化した本書は、ラザルスと呼ばれる北朝鮮のハッカー集団が、世界規模で行ってきたサイバー攻撃やハッキングの実態を明らかにしたものだ。

 サイバー空間における北朝鮮の活動は他国と比べても異質である。多くの主権国家が行うサイバー攻撃は、敵対国への諜報(ちょうほう)活動やインフラの麻痺(まひ)など政治・軍事的目的に基づいている。だが、北朝鮮のそれは貴重な外貨獲得の手段であり、ソニー・ピクチャーズへのハッキングのように、時には最高指導者を侮辱したことへの報復にも用いられた。国家に育成されたエリートのサイバー戦士が世界各地の裏社会へと溶け込み、マカオのカジノからインドの街角まで至る所でサイバー犯罪に手を染めているのである。

 もっとも、北朝鮮から見れば、それは犯罪などではなく、ゲリラ戦の一環である。北朝鮮は核開発とサイバー技術を、限られた資源で自国よりもはるかに巨大な相手と対峙(たいじ)する戦略的手段と位置付けてきた。厳しい経済制裁下にある北朝鮮にとって、非合法な外貨獲得は、自国の経済的な生き残りを賭けた戦いにほかならないのである。

 それにしても、なぜ北朝鮮は自国内ではなく、ハッカーを海外で活動させるのか。国外に人を送るのは、他国の考え方やコミュニケーションの方法を学ぶ機会になるからだという。確かに攻撃相手を騙(だま)すには相手の文化に精通せねばならないが、外部世界を知ればハッカーは祖国の虚構に気付くことになる。彼らの逃亡を防ぐために北朝鮮が用意した様々な飴(あめ)と鞭(むち)が本書では紹介されている。

 サイバー攻撃の犠牲になるのはいつも一般市民だ。本書にもしばしば北朝鮮の工作に関与した日本人が登場する。サイバー空間で暗躍する異形の国と隣り合わせにあるという事実を、我々は改めて重く受けとめる必要があろう。秋山勝訳。

読売新聞
2023年5月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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