『刑事司法記録の保存と閲覧 : 記録公開の歴史的・学術的・社会的意義』
- 著者
- 石塚, 伸一, 1954- /竜谷大学社会科学研究所
- 出版社
- 日本評論社
- ISBN
- 9784535527249
- 価格
- 8,250円(税込)
書籍情報:openBD
『刑事司法記録の保存と閲覧 記録公開の歴史的・学術的・社会的意義』石塚伸一編著(日本評論社)
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
先人の記録 国民の財産
値の張る本を紹介するのは気が引ける。それでも本書はぜひ取り上げねばと思う。「裁判記録は誰のものか」という大切な問いに歴史的、実務的にアプローチした稀有(けう)な研究だからだ。
編著者である法学者は弁護士資格を持ち、裁判記録の閲覧や訴訟など司法の現場でも実践を行ってきた人だ。中でも1996年、ある刑事確定訴訟記録の閲覧を求めて最高裁で勝ち取った開示決定は、多くの研究者やメディア関係者に道を拓(ひら)いた。私もその決定を元に検察の保存する記録を入手、ある裁判の審理を再検証した経験がある。取材は最初、「これは公開できない記録」と一蹴(いっしゅう)された。多くの人がここであきらめる。いわば「水際作戦」で、請求を断念させる事実上の閲覧制限だと本書は批判する。原則公開を求める法律が例外的に定めた制限事由を拡大解釈して一律非開示とする、本末転倒な運用が横行する。
さらに近年、裁判所が歴史的な事件の記録を廃棄していた事実が次々に判明。文書保存に対するお役所の見識が露(あら)わになった。本書によると明治の先人たちは近代的法整理の過程で、司法記録の編纂(へんさん)や保管に多大な労力を割いた。国家の記録は「文化遺産」であり、国民の財産だ。袴田事件しかり冤罪(えんざい)が疑われる死刑事件も起きており、刑罰権の行使に対する監視と検証の機会は特に保障されねばならない。
編著者の研究グループが所属する大学は貴重な法資料を収蔵し、それを積極的に調査研究に公開している。本書が取りあげる元最高裁判事の団藤重光文庫もNHKや研究者が分析、先ほど新事実を世に出したばかりだ。先人の記録は死蔵せず、社会に還元してこそ価値がある。
法律さえあれば国民の知る権利が自動的に守られるわけではない。私たちは不断の努力によって法を活用し、問題は提起し続けねばならない。たとえ捨て石になろうとも、それは次世代への責務であると本書は訴える。