『インディアナ、インディアナ』
- 著者
- レアード・ハント [著]/柴田元幸 [訳]
- 出版社
- twililight
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784991285110
- 発売日
- 2023/03/02
- 価格
- 2,310円(税込)
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詩魂に溢れているが、散文詩とはちがう、名付けようのない文章
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
「ノアは両手をストーブの火にかざす」という短い文章ではじまる。ノアはどういう風貌で、そこで何をしているのか。説明する意志が著者にないことは数ページでわかる。やがて、ノアが七十七年前に聖書を秤の上に置きっぱなしにしたお仕置きとして三時間鶏小屋にいれられた話が出てきて、老人らしいと判明。
それでも、ノアの全体像が曖昧なのは変わらず、読者はほとんど情報が与えられない人物の振る舞いに、ついていかなくてはならない。
ふつうならば読むのを止めて投げ出してもおかしくないが、読者にそうさせないのは彼らの声の力である。ノアにしても、ノアに宛てた手紙が引用されるオーパルという女性にしても、よく響く声の持ち主で、気がつくとその声を追っている。
ノアはいろいろな物が見えてしまう。声も聞こえる。いわゆる幻覚だが、現実味が濾過され、どこまでも静謐で透明だ。父ヴァージルと母ルービーはもうこの世にいない。ノアは彼らを思い起こし、インディアンの地に入植した一族の記憶をなぞっていく。意志の働きではなく、ときおり通電するようにやってくる衝動のようなものだ。
そうやって、ノアの抱える哀しみや孤独の因って来たるところが、薄紙を剥がすようにあらわになっていく。父との確執、手紙の差し出し人・オーパルとの関係、それが引き裂かれた顛末……。
とはいえ、ノアの声に恨みがましさはなく、曖昧さと鮮明さが入り交じった記憶の領域は独特の光に包まれている。その明るさがどこから来るのか不思議だ。
詩魂に溢れているが、散文詩とはちがう、名付けようのない文章。少年期に祖母の住むインディアナの農場で体験したことが作家にインスピレーションを与えたという。だが、同じ経験をしてもだれもがこのように書けるわけではない。独創的とはこういう作家を言うのだろう。