いったいどこまでが事実か 宮尾登美子の人生と謎に迫る、ユニークな評伝

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いったいどこまでが事実か 宮尾登美子の人生と謎に迫る、ユニークな評伝

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 僕が初めて出会った“作家”は宮尾登美子だった。といっても、出会いの記憶はない。うちの母親が宮尾さんの親友だったため、生まれたばかりの時分からよく面倒を見てもらっていたらしい。ちょうどその時期に宮尾さんは「連」で婦人公論女流新人賞を受賞し、翌年(1963年)、それが直木賞候補作となる。

 その後、作家になるべく、生まれ故郷の高知から上京。数年間苦労したものの、自伝的長編『櫂』を皮切りに、人気作家への階段を駆け上がる。『陽暉楼』『寒椿』『一絃の琴』『鬼龍院花子の生涯』『序の舞』『天璋院篤姫』……。2014年に88歳で世を去ってからもう8年以上経つが、その作品のほとんどが今も読まれ続けている。

 2月に文庫化された林真理子『綴る女』は、その宮尾登美子の人生と、そこに秘められたいくつかの謎に迫る、ユニークな評伝。

 宮尾ワールドの自伝的作品群は、いったいどこまでが事実でどこからがフィクションなのか。『櫂』(新潮文庫)を20回以上も読んだという著者は、そんな素朴な疑問から出発して高知を訪れ、小説の舞台を歩き、自身の思い出話も交えつつ、時にはミステリー小説のように、時にはエッセイのように、自由闊達な筆で宮尾登美子の実像と作品に迫る。

 冒頭、都はるみや藤真利子もゲストとして参加する思い切り華やかな「宮尾杯争奪歌合戦」の描写から入るところが林真理子らしい(80年代半ば、新潮文庫編集部で宮尾さんを担当していた時期、僕も一度だけこの歌合戦に“出場”したことがある)。その一方、満州時代の過酷な体験を描いた『朱夏』(新潮文庫)に出てくる少年のモデルとおぼしき人物や、上京前につくった「宮尾さんの借金」を肩代わりした女性に直接会って取材する。そうしたやりとりが実に生々しくリアルで面白い。

 うちの母も証言者の一人として登場するので、『婦人公論』連載中から興味津々だったが、文庫化を機にひさしぶりに手にとったら止まらなくなり、気がつくとまた最後まで読んでいた。世代の差を実感させる綿矢りさの巻末解説も楽しい。

新潮社 週刊新潮
2023年6月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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