若者の市販薬物乱用、特殊詐欺、外国人差別…横浜中華街を舞台にしたサスペンスを描いた理由 作者・岩井圭也が語る

インタビュー

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横浜ネイバーズ

『横浜ネイバーズ』

著者
岩井 圭也 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758445535
発売日
2023/04/14
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

岩井圭也の世界

[文] 角川春樹事務所


岩井圭也

 金なし、夢なし、やる気なし、それでも……横浜中華街を舞台にして、現代が抱える様々な問題に立ち向かっていく等身大の主人公を描いた小説『横浜ネイバーズ』が刊行された。

 作者の岩井圭也氏にとっても、初の文庫書き下ろしとなるシリーズ作だが、これはどのようにして生まれたか……。インタビューでその創作の秘密に迫る。

◆初の文庫書き下ろしシリーズで目指したものとは?

――『横浜ネイバーズ』は岩井さんにとって初の文庫書き下ろし、かつ、初のシリーズ作品ですね。

岩井圭也(以下、岩井):以前から、書き下ろしでしかできないことがあるんじゃないかと思っていました。雑誌連載の場合、書き始めてから単行本になるまでに二年ほど、そこからさらに文庫になるまでに三年かかる。となると、ある程度年月の経過に耐えうる書き方をしなければならない。でも文庫書き下ろしなら、「今」が書けると思いました。小説の中にもVTuberや、トー横に似た若者たちがたむろする場所や、特殊詐欺を書きましたが、それらは数年後には全然違うものになっているかもしれない。でも文庫書き下ろしなら、今書いて出せますから。しかもシリーズであれば、新たな事件やイベントもどんどん取り込んでいけるので、そういう意味でもいいなと思いました。

――なぜ横浜の中華街を舞台にしたのですか。

岩井:僕は今、横浜在住歴四年なんですよ。神奈川県にはもう十年以上住んでいます。中華街もよく行きますし、地理的なことや春節の頃の雰囲気なども知っていました。
 最初に現代性のあるものを書こうと思った時、都会と田舎、両方の問題点を書ける場所がいいと思ったんですよね。地方都市なら東京と共通する部分もあるし、その地域特有の問題も書ける。横浜なら観光名所的な場所も多いですし、物語性も豊かな土地なので、もう何巻でも書けるかなって(笑)。その横浜でも、中華街は全国の誰もが思い浮かべられる場所なので、読者も入り込みやすいと思いました。それに中華街には多様性がある。民族的にも、文化的にも、年代的にもいろんなものが入り混じっている。いろんなものがミックスされたエネルギーがあるので、いろんなストーリーが展開できると考えました。

――主人公は小柳龍一、通称ロン、二十歳。後を継ぐつもりだった祖父の「翠玉楼」の閉店が決まり、この先のことが何も決まっていない。そんな彼のもとにさまざまな厄介事が持ち込まれます。

岩井:中華街というと中国の人が住んでいるイメージが強いと思いますが、実際は日本人の店主や従業員もたくさんいる。中国の人も日本の人も共生していることがダイレクトに伝わるよう、主人公は日本人にしました。それと、お金もない、学歴もない、職業もない、「何も持っていない人」にしたかったですね。このシリーズは主人公を通して、多くの人が目を背けている現代の事件や問題に目が向くようにしたくて、そこに果敢に挑んでくれる人であってほしかったんです。何か持っている人だと、自分の生活を守るために躊躇することもあると思う。一見社会的には弱いと思える人ほど、いろんな問題に切り込んでいけるヒーローになりうるんじゃないかな、と。話の出発時点で二十歳という年齢にしたのは、いろんな状況に飛び込んでいける要素として若さ、向こう見ずさが必要だったし、同時に大人としての視点も持っていてほしかったので。大人と子供、両方の架け橋になって、どちらに対しても誠実に向き合える人がよかったんです。

――彼は高校時代、ある出来事で見事な推理を披露して、以来〈山下町の名探偵〉と呼ばれています。

岩井:昼行燈なのに推理となると能力を発揮する主人公に憧れがあるんです(笑)。本人はやる気がなくて、だから仕事もしていない。でもこれは、何も持っていない人が少しずつ何かに挑戦していくなかで、「自分はなぜ生きていくのか」に対し、少しずつ自覚的になっていく話でもあるんです。

――ああ、シリーズの中でちゃんと時間が経過していくわけですね。

岩井:やはり登場人物たちを成長させたい気持ちがあります。翠玉楼が閉まった跡地はどうなるのか、ロンの祖父は隠居するだけなのか、などということもありますし。時の流れの中で変化していく様子を読者の人たちに応援していただけたら嬉しいです。

――ちなみに、ロンの実家を四川料理の店にしたのは?

岩井:中華街が一番にぎわったのって、九〇年代の激辛ブームだったんですよね。四川麻婆豆腐が人気でした。ただ、今は旧華僑と呼ばれる方々が昭和の時代に出したお店はどんどん閉店している。新華僑という比較的新しく来た方々の店に勝てなくなっているんです。旧華僑の方々はしっかりとした高級中華がコンセプトの店が多かったんですが、今は1500円で食べ放題などが多く、ターゲットや趣が変わってきている。かつて繁栄していた店の象徴という意味で四川料理を選んだ、というのはあります。

――ロンには仲間がいますね。「洋洋飯店」の息子、趙松雄、通称マツは強靭な肉体の持ち主。また、家から出ずにSNS上でいくつものアカウントと人格を使い分けているヒナはリサーチの達人。

岩井:ロンが身体能力的に大したことないので、その部分を頼れるマツのような友人は必要でした。ヒナは、実をいうと裏の主人公のつもりです。ロンが表に出ていろいろ解決していく、ある種「陽」の人だとすると、ヒナは表には出ないけれど解決には役立つ「陰」の存在というか。これはヒナが変わっていく話でもあるんです。SNSで複数のアカウントを持っていたり家から出ないということは、今の若い人なら「分かる」という感覚があると思う。ヒナは私が感じている現代的な部分を詰め込んだ人物でもあります。

◆文庫シリーズだから表現できる、伏線と様々な現代のテーマ

――第一巻の最後は、第二巻で何かヒナの秘密が明かされるのかな、と思わせますね。

岩井:そうなんですよ。第二巻ではヒナの秘密が出てきます。それも、二〇二三年に出す小説として意味がある書き方を考えました……って、奥歯にものが挟まったような言い方をしていますけれど(笑)。

――主要人物は他にもいますが、ユーモラスなのが昔は近所のガキ大将、今は刑事の岩清水欽太、通称欽ちゃん。二十九歳の彼はずっとヒナに真剣に恋しているけど成就する見込みはなさそうです。

岩井:彼のことはすごく気に入っています。周囲からナメられがちですが、大人としての役目はきっちりこなす人です。やはり子供や若者でなければ解決できないこともあるけれど、子供や若者では解決できないことも当然あって、大事なところではちゃんと大人であってくれる人は一人欲しいなと思いました。

――ロンたちが遭遇するのは、実際の最近の事件を想起させるものが多いですね。

岩井:現実とまったく一緒の事件にはしていませんが、若者の市販薬物乱用、自殺、特殊詐欺、外国人差別など、自分たちも遭遇する可能性のある事件や出来事から材を取っています。特に人種の話は一巻のうちに必ず書いておこうと思っていました。まだ明かせない部分もありますが、これはある種マイノリティたちの戦いの話でもあるので、ヘイト的なものに耳を貸す必要は一切ない、胸を張って生きればいい、ということは早い段階で言っておきたかったんです。特殊詐欺の話に関しては、フィリピンで主導者がいた実際の事件の前に書いていたので、ニュースを見てびっくりしました。でも逆にいうと、この題材を最速で世に出せたのかな、と(笑)。
 それと、「トラブルがありました」「解決しました」というだけの話にはしたくなくて。そこに至るまでの動機や経緯まで書かないとアンフェアな気がするんです。たとえば特殊詐欺事件を起こす人たちはなぜそうなったのか、といったことも書きたかった。そういう意味で、いろんな人たちに対してフェアに視点を振りわけて書いています。

――巻頭に中華街の善隣門の裏側に記された「親仁善隣」という言葉は「隣国や隣家と仲良くすること」という意味だとの説明がありますが、タイトルの「ネイバーズ」はそこから生まれたのですか。

岩井:善隣門の裏になにか書いてあるのは知っていましたが、「親仁善隣」という言葉だとはこの小説を書く時に知りました。「親仁善隣」って、ロンが目指すところそのものだなと思って。彼がいろいろなトラブルを解決していくのは、みんなが生きやすくなればいいという思いがあるから。タイトルは悩みましたが、横浜の話だとわかってほしいということと、ロンたちがどこに向かっているのかがわかるといいなということがありました。「親仁善隣」の英訳はいろいろありますが、「善隣」=「善い隣人」=「グッドネイバーズ」と訳せるので、このタイトルにしました。

――現代性を意識したシリーズとなると、まだまだ先の巻で何が起きるかわかりませんね。

岩井:そうですね。登場人物の過去はぼんやり考えてはいるんですが、先のことはその都度、その時起きていることを書きたいですね。それは誰かが書かなければならないし、できるなら自分が全部書きたい。そういう意味で自分にとって、時代を記録するようなライフワークになっていけばいいなと思っています。

構成:瀧井朝世 写真:須貝智之 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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