ゴリラが裁判する尖ったメフィスト賞受賞作から王道の時代小説まで9作を紹介

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  • ゴリラ裁判の日
  • 令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
  • 新・教場
  • 四日間家族
  • 狐と戦車と黄金と1 傭兵少女は赤字から逃げ出したい!

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エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 文芸評論家の細谷正充が変化球ミステリから王道時代小説を紹介。面白すぎるエンタメ小説9作品とは?

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 今月も取り上げたい作品が多いので、すぐに書評に入ろう。須藤古都離の『ゴリラ裁判の日』(講談社)は、第六十四回メフィスト賞受賞作だ。物語の主人公は、ニシローランドゴリラのローズ。人間と同等の知性を持ち、アメリカ式手話によって会話することができる。アフリカのカメルーンで生まれ、やはり手話のできる母親と共に、類人猿研究所に出入りしていた。その後、アメリカの動物園のゴリラパークで暮らすようになり、オマリというオスゴリラが夫になる。だが、ゴリラパークに落ちた子供を引きずったオマリが射殺されてしまう。裁判の原告となり動物園を訴えたローズだが、あえなく敗北してしまった。

 という冒頭を経て、カメルーン時代から裁判に至るまでのローズの足跡が綴られる。ここの分量がかなり多いが、面白いので問題なし。さらに裁判敗北後のローズは意外な転身を遂げ、二度目の裁判に挑むことになる。人間とは何か。知性とは何か。人権とは何か。そしてローズが抱える、自分は何者なのかという疑問。作者は異色の題材を生かし、多くのことを読者に問いかける。メフィスト賞らしい、尖ったデビュー作だ。

 そういえば新川帆立の短篇集『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)の第一話「動物裁判」も、知性ある動物が裁判にかかわる話だった。ただしこちらに登場するボノボは被告である。命権(動物の人権)が法律によって確立された“礼和四年”を舞台にしたストーリーは、リーガル・ミステリーとして楽しめた。

 なお、収録されている各話は、それぞれ別の架空の法律のある“レイワ”を舞台にしている。そう、作者はパラレルワールドをベースにして、多才なストーリーを披露しているのだ。今後の作風の広がりを感じさせる一冊である。

 長岡弘樹の『新・教場』(小学館)は、木村拓哉主演のドラマの原作として知られる「教場」シリーズの最新刊だ。今回は、主人公の風間公親が、警察学校の教官になったばかりの時代を扱った六篇が収録されている。

 教場(クラス)の生徒の言動の、ささいな違和感から、風間が意外な事実を明らかにする。シリーズの基本パターンを踏襲しながら、作者は高レベルの作品を並べてみせた。優秀な生徒の用意周到な行動に隠された秘密が暴かれる「隻眼の解剖医」や、生徒同士のストーカー騒動を扱った「冥い追跡」など、どれも読みごたえは抜群だ。

 さらに全体を通じて風間が、生徒以外の人物を成長させようとしていたことや、警察学校の教官にやりがいを見出す様子も、巧みに表現されている。本書を読んで、人気シリーズになった理由が、あらためて納得できた。

 川瀬七緒の『四日間家族』(KADOKAWA)は、ノンストップ・クライムノベルだ。連帯保証人になっている妹に保険金を与えようとしている、計画倒産した会社社長の長谷部康夫。コロナ禍の闇営業でクラスターを発生させ、常連六人が死んだスナック経営者の老婆・寺内千代子。元ボーイスカウトの高校生・丹波陸斗。ある理由でヤクザ者に追われている坂崎夏美。ネット経由で集まった自殺志願者の四人は、長谷部の車で山の中に入った。そこで死ぬつもりであった。だが、グズグズしているうちに、別の車がやってきて、乳児を捨てていった。どうやら訳ありらしい乳児を助けた四人。しかし、謎の組織により乳児誘拐犯として、ネットに拡散され、すぐに炎上した。乳児の命が狙われていると気づいた夏美は、ネットを使って逆襲の策を練る。かくして四人は、予想外の方向に動き出すのだった。

 自殺志願者の四人は癖が強い。その中で、もっとも人間性が歪んでいるのが、主人公の夏美だ。ヤクザ者に追われるに至る夏美の行動が判明したとき、よくこんなキャラクターを中心にしたものだと感心してしまった。ところが読み進めるうちに、乳児を守ろうとする四人が団結し、疑似家族のようになっていく。それに伴い、それぞれの問題を抱えた四人が変化し、魅力的になっていくのだ。ここが本書の読みどころだろう。

 また、細い糸を手繰るように行き着いた、乳児を巡る事件の真相が、意外なほどダークである。ネットの炎上、行き過ぎた正義感、承認欲求なども、巧みにストーリーに織り込まれている。でも、物語の着地点は優しい。現代の問題に切り込みながら、読者を気持ちよくさせる、作者の手腕に酔いたい。

 柳内たくみの『狐と戦車と黄金と1 傭兵少女は赤字から逃げ出したい!』(KADOKAWA)は、異世界を舞台にした、戦車バトルと経済バトルの物語である。この世界、戦車は地中からの発掘品であり、それを使った戦車傭兵がいる。主人公の三人娘──狐娘のフォクシー、黒豹娘のカッフェ、マイクロ・ドワーフのミミも戦車傭兵だ。突出した性能を持つ戦車【ナナヨン】で傭兵稼業をしている三人は、攫われたライオン娘のレオナを助けたことで、権力者たちの争いにかかわっていく。

 まだ物語が始まったばかりなので、異世界の設定には謎が多いのだが、読んでいるうちに気にならなくなる。フォクシーたち三人娘の戦車戦が痛快だからだ。また、権力争いに負けて父親と故郷を失ったレオナは、なんと仕手戦によって仇を討つ。上手いと思ったのは、戦車戦と仕手戦が噛み合っていること。二つのバトルを組み合わせた新シリーズ。先を期待せずにはいられない。

 壱岐津礼の『かくも親しき死よ 天鳥舟奇譚』(アトリエサード)は、新人による現代伝奇ホラー長篇だ。題材は「クトゥルフ神話」。ちなみに「クトゥルフ神話」とは、H・P・ラヴクラフトが創造し、友人の作家や後続の作家により大系化された、一連のコズミック・ホラーのことである。詳しい説明は長くなるので省く。

 太古の地球を支配していた邪神クトゥルフの復活を予知した、地球の神々たちは戦いを決意する。そのために作られたのが、黄泉比良坂の近くにある学校法人郷土改革大学──通称・郷改大だ。学生たちの多くは、それとは気づかぬまま、邪神と戦うべく集められている。かくして壮大な戦いが始まるのだった。

 日本神話の斬新な解釈が、邪神への対抗策となる。このアイデアは素晴らしい。作者は従来の「クトゥルフ神話」を踏まえながら、独創的な物語を創り上げた。しかし一方で、人間ドラマが薄い。「クトゥルフ神話」の基本が、邪神に対して人間が出来ることはないというものだから、活躍しないのは理解できる。だがもう少し、唯人を始めとする学生たちの、動かし様があったのではないか。いささか残念な点であった。

 篠綾子の『翔べ、今弁慶! 元新選組隊長 松原忠司異聞』(光文社文庫)は、端正な歴史小説や江戸市井物で知られる作者の異色作である。なにしろ新選組四番隊隊長の松原忠司が、壇ノ浦の戦い直前の長門にタイムスリップしてしまうのだ。過去に新選組の主要メンバーが戦国時代にタイムスリップするコミックはあったが、小説では初めてだと思われる。

 主人公が松原忠司なのは、壬生浪士時代、大薙刀を手に仙洞御所を守護した彼が、「まるで武蔵坊弁慶だ」と言われ、「今弁慶」と呼ばれるようになったからだろう。作者はここから、源義経に仕えた武蔵坊弁慶を連想し、忠司を弁慶のいる時代にタイムスリップさせるというアイデアを考えついたのではなかろうか。実際、忠司と弁慶は対面し、終盤では闘うことになる。訳が分からないまま、鎌倉時代を生きることになる忠司が、さまざまな実在人物と絡みながら、己の道を歩んでいく。歴史の中の人間を見つめる作者の視線は、他の作品と変わらない。異色ではあるが、やはり本書も篠印の物語なのである。

 デビュー作『柳生浪句剣』(講談社)から、手代木正太郎は時代小説への志向を示していた。その作者が、ついにやってくれた。『異人の守り手』は、幕末の横浜を舞台に、異国人をひそかに守護する“異人の守り手”の活躍を描いた連作時代小説である。

 異人の守り手のメンバーは四人。不思議な体術を使う主人公の秦漣太郎は作者の創作だろうが、残りの三人は実在人物だ。他にも「心配性のサム・パッチ」の、元漂流民の仙太郎など、実在人物が多数登場。それを自在に動かし、フィクションと史実を巧みに融合させたストーリーは、格別の味わいである。

 なかでも冒頭の「邪馬台国を掘る」で、邪馬台国を発掘すると言い出して命を狙われる、大商人のハインリヒの扱いが見事。ラストに至って、ハインリヒの正体(ほとんどの日本人が知っている有名人)が分かったとき、そういうことだったのかと感心することだろう。作者の企みが、ばっちり決まっているのである。

 最後は、辻村深月のガイドブック『Another side of 辻村深月』(KADOKAWA)にしよう。作家ガイドブックは、意外と当たり外れがあるのだが、本書は大当たり。作者と宮部みゆきの特別対談「作家の眼差し」から始まり、全作品解説インタビュー、他の作家たちの作者に関するエッセイ、論考、イラストギャラリーなど、どれも充実している。さらに単行本未収録短篇「影踏みの記憶」まで入っており、喜んでしまった。

 ただし不満もある。短篇「きのうの影踏み」を、作画・春河35、構成・朝霧カフカの『文豪ストレイドッグス』コンビがコミカライズした「十円参り」だ。なぜか小説の冒頭だけのコミカライズであり、ラストに「この続きは小説でお読みください」とある。えー、そりゃ殺生だろう。どこでもいいので、最後までコミカライズしてほしいと、ミステリー作家のコミカライズを愛好する私としては、願わずにいられないのである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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