『江戸のキャリアウーマン 奥女中の仕事・出世・老後』柳谷慶子著(吉川弘文館)/『江戸の女子旅 旅はみじかし歩けよ乙女』谷釜尋徳著(晃洋書房)
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
奉公・旅 元気印の女性たち
『江戸のキャリアウーマン』の主役は「奥女中」だ。江戸城大奥や、大名家の武家屋敷に奉公する女性のことである。昔のテレビ時代劇では、たとえば御家(おいえ)騒動で命を狙われる若君を守るとか、家中で密(ひそ)かに進行している謀議を暴くとか、善良で忠義の女性キャラクターとしてよく描かれてきた。主君とその家族の身辺に親しく仕える、容姿端麗で賢い女性というイメージがある。まあ、たまにはその立場を利用した悪役になることもありますが。
歴史上の「働く女性」としての奥女中は、もちろんそんなフィクション的イメージの内だけに収まるものではない。本書は、大名屋敷に奉公した奥女中を対象に、御家を内側から支えたその実像を明らかにしてゆく。著者が主に研究してきた仙台藩伊達家が主軸に据えられており、フィクションの題材にされることも多い奥州の華やかな雄藩の歴史を、奥方やお姫様とは違う「役女(やくじょ)」の視点から見つめ直すのは新鮮で興味深い。
さて、バリバリ働いて、長期休暇には好きなところへ旅をする。それが現代のワーキングウーマンであるならば、江戸の女性たちはどんな旅をしていたのだろう。近世後期の女性たちの旅日記をひもとき、それをつぶさに教えてくれるのが『江戸の女子旅』だ。時代小説を書くために、私も何冊か江戸の旅についての資料本を持っているのだが、本書ほど細かく具体的に書かれているものには初めて出会った。女子旅のメンバー構成、必需品、一日どのくらいの距離を、どんな旅装で歩いたのか、どんな履物を履いたのか、道中ですれ違うときの心得、関所や難所、大河を越えるときの注意点、案内ビジネスの利用法。行き先によってかかる旅費はどれぐらいか、それをどうやって持ち歩いたのか、どんな宿屋に泊まったのか、道中の買物の楽しみは?
読み進むうちに、「私たちだって、ずっと家に押し込められていたわけじゃないのよ!」という江戸の元気な女性たちの肉声が聞こえてくるような気がする。いやはや、小説の素(もと)がいっぱいだ。