『アナーキズム 政治思想史的考察』森政稔著(作品社)

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アナーキズム

『アナーキズム』

著者
森政稔 [著]
出版社
作品社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784861827068
発売日
2023/03/01
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

『アナーキズム 政治思想史的考察』森政稔著(作品社)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

「無政府」思想 現代に通底

 アナーキズムは、普通は無政府主義と訳され、過激な手段によって政治体制を破壊しようとする思想や運動として思い描かれる。それは、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、バクーニンやクロポトキンの思想の影響がヨーロッパや日本に広がり、テロリズムやゼネストの暴力と結びついたために流布したイメージであり、ロシア革命をへてマルクス主義が左翼運動の支配権を握ると、その人気は失われたとされる。

 だが、たとえば一九六〇年代から展開したニューレフトの運動のなかで再評価されたように、その後も「アナーキズム的なもの」は、さまざまな社会運動や思想のなかに顔を出す。むしろ二十一世紀のいま、人や物や情報の交流のネットワークが世界大に広がり、国家の影響力が相対化されている状況は、アナーキーに近づいているのではないか。経済を市場の自由な活動に任せ、国家による介入を最小限にする、いわゆる新自由主義の方針も、ある意味では無政府状況の礼賛である。マイノリティが差別や同調圧力をはねのける社会運動にも、「アナーキズム的なもの」が見え隠れする。

 森政稔は本書で、こうした現代の状況を念頭に置きつつ、十九世紀の前半に活躍した初期アナーキズムの思想をとりあげる。すなわちW・ゴドウィン(英国)、M・シュティルナー(ドイツ)、P―J・プルードン(フランス)の三人の著作を、歴史的背景と照合しながら読み解き、その意義を明らかにするのである。

 「産業化」が急速に進み、さまざまな活動が複雑にからみあう、巨大な「社会」に人々が放りこまれた時代。それまでの思想が前提としていた、国家と市場、権力と個人、人為と自然といった二項対立がすべて曖昧になった状況で、人間の自由と自発性を新たに意味づけるには、どうしたらいいのか。啓蒙(けいもう)思想によって特徴づけられる十八世紀と、明確なイデオロギー対立が支配した二十世紀との間にある、混沌(こんとん)とした時代に発せられた問いが、歴史のひそかな底流を通じて、現代と強くつながってくる。

読売新聞
2023年5月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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